花形装飾活字を愛でる その10


やっときた。 2245と2246。 ここからやっとこの装飾群の魅力ある部分について書く事が出来ます。 花形装飾の組むという醍醐味であり、 なんでオイラがこのエンスヘデ活字鋳造所のこれを選んだかの理由がここにあるのです。 多分、ここまでに完成度の高いものはめずらしいと思います。 装飾すぎず記号的すぎない。 その中間でありながら、 整理する能力とそれを組んだときに出る普遍性の美しさは、 スゲーもんがあります。 そしてこれがその基本形、いえいえ完成形です。 組み合わせるという楽しさの本当がこれにあります。 で、この愛でるで書きたい事の全てだともいえます。 これを分類するなら「装飾」です。 ほんまにやっと出てきたね装飾が。 これの凄いところは、 内と外でその印象が変わるという事。 曲線と直線の2つの要素が1つの装飾でイメージとして出せるという事です。 例の画像で囲ってるのがそれがそれです。 外は曲線のイメージで装飾的な役割を果たし、 内は直線のイメージでキチンと整理の役目を果たしている。 真ん中のように罫線で囲んだ内側の隅を埋めれば、 柔らかい曲線でそれを演出。 かと思えばその上のようにしっかり文字の定着もおこなってくれる。 直線的なものに曲線を与え、 ルールが無い場合にはそのルールにもなりえる丁度中間。 これを探るのに一体どれだけの失敗と錯誤があったんだろう。 想像するだけでワキワキしますね。 しかしこれは基本形でもあって、 今回は一種類だけで組んでいるけれど、 他のやつと組合わしたらどうなるか、 これも想像するだけでヨダレものです。



花形装飾活字を愛でる その9


2244。 これは実は凄く苦労した。 というかここらへんから複雑怪奇な設計になっていて、 例えばこれは、 2つのおたまじゃくしのような形があると思うんすけど、 その2つが微妙に形が違う。 大きい方がなんかへしゃがった形になっているのがわかる。 もしこれを正しくトレースするならキレイな円形でなくてはならない。 このような円形になったのは3つの要因が考えられる。 1つは版のサイズに合わせた。 これはもっとも有力な理由であると言える。 けれどならば少し曲線を曲げてしまえば収納出来そうなものなのだ。 つまり、この図案のポイントは大きい方のおたまじゃくしじゃなく、 1つ上の曲線からの自然な流れを優先したの事が確認出来る。 もう1つは意図的にである。 これも実は捨てがたい。 一度キレイな形のおたまじゃくしでトレースしてみたのだけど、 それで組んだ時にどうもしっくりこない。 へしゃげている場合と比べて装飾としての意味は大きくなるが、 どうも文字と並べた時に変に浮いてしまう感覚が、 紙面を支配しているように感じたのだ。 という事は、 意図的に版のサイズに抑制されるように彫った、または設計したという事は考えられないだろうかな。 抑制したへしゃげた形にする事で、 装飾的なイメージよりも文字との連携を優先したのだとすればそれは考慮に入れるべきだ。 これはピン型の留めるイメージに近い印象を受ける。 が、 使ってみると実はそうじゃない。 どちらかというと「杖」に近いイメージのように思う。 ピン型であるに関わらず留める能力よりも、 遮る能力に飛んだものを見る事が出来る。 また、道標のような役目もありそうな感じ。 鋭角な穂先でグサっといくというよりかは、 棒状のもので突いているような印象も見受けられる。 もう1つ、 すごく重要。 下の文章の部分を見てもらいたいのだけど、 この図案。 うまく文章に溶け込んで使う事が出来る。 これと組み合わせて今まで紹介してきたものを使うと、 これがきっかけで今までのものも文章の中に溶け込むのである。 これは穂先が鋭角ではなく棒状のイメージある事が大きく要因しているよう。 逆の部分も今までのピン型の物よりも装飾的で、 次へのイメージを繋げるというよりかは簡潔させるような印象。 つまり鋭角な今までの装飾を受け止めるには凄く都合の良い形をしているのがわかるのである。 また、上で書いたへしゃがったおたまじゃくしが意図的に版のサイズを優先した事が、 これが文章の中で使われる事が想定されている事に合点がいくように思う。



花形装飾活字を愛でる その8


2242と2243。 対照的な2つのパターン。 役割としては一番始めの2235と2236と同じような感じ。 ただこれは繋ぐことが出来ないので単体で使わなければならない。 けれど単体で使うと装飾の弱さからその役割は果たせなくなる。 これは実は他の装飾と組み合わせて使うのが一番の方法みたいです。 大きい模様に対して終わりを付ける、収拾するような感じで使うとうまくいく。 もし単体で使うのなら例のように一回ずつ完結させておいて使うと、 まだ使えるのかなという感じ。 四隅に置いても物足りないし、 逆にその物足りなさのおかげで他の装飾が気兼ねなく置けるので、 そういう意味では「連結」や「コバンザメ」のようなどうしようもなく金魚の糞みたいなやつです。 とむちゃくちゃ書いてますが、 組んでるといろいろ重宝出来るイカしたやつで、 知らんまに気付いたら使ってる、くっついてます。 と、 こういう感じですが、 これの回になったら書こうと思ってた事があって、 それは今回、アウトライン化においてのオペレートするにあたって、 その設計思想の中心を何にしたのかが、よくわかる図案です。 パソコンで見てる方はわかりますが、 一枚目の画像で本来は直線であるべきところが、 斜めの線になっている部分があると思います。 ほんまはこれは正しくないんですね。 今までも紹介してきた中で円であるはずの箇所が変に湾曲していたりしていたと思います。 これは今回の設計思想の中心に何を置くかで判断した結果です。 今まで現代において復刻されてきた花形装飾活字は、 身近なものでいうと高価な事典とかちょっと中性かぶれしたアート本とか、デザインの参考書だとか、数少ない装飾専用のフォントであったりとか、 そういうのって設計思想というものがあって、 デザイナーさん達がそれをキチン決めてアウトライン化していく訳です。 で、今回のアウトライン化するにあたっての独自性を考えた時に、 どうせなら今までに無い発想で(多分)で設計思想を組み込んでアウトライン化できればと考えたんですよね。 ある程度作りこまれたやつを見てきた中で、 共通して言える事がありました。 「何かが足りない」 そのどれもが正しくキレイにキチンと考えられて丁寧にオペレートされているのにも関わらず、何かが足りないと感じていたのです。 今回のこの作業はその部分が何かというのを調べる旅でもありました。 それが8ヶ月もの時間を費やした要因でもあると言えます。 花形装飾活字は文字の通り活字であり活版という技術を通して紙に印刷されていたものです。 1つ1つ同じパターンの装飾を職人が彫りそれらを活字として1つ1つ組み、 それからやっと紙に刷るという事をします。 老舗の活版印刷屋さんとか意識の高い印刷屋さんはキチンと残している事でしょう。 それがコンピューターを介す事で彫る必要が無くなる訳です。 画面には既に出来上がりとしての紙面があり、 後はデータを流せば印刷完了という具合です。 もちろんそのおかげで設計としては正しくは出来ますが、 同時にそれは版を彫った職人を冒涜する事になると考えたのです。 もちろん現存している見本帳は印面が潰れていたり正しくない箇所があったり、 明らかに版の失敗の面があります。 そこで凄い面白い発見があります。 明らかに真っ直ぐに彫る事が出来る部分をわざとかのごとく斜めにしていたり、 曲線でも単に平行に作らず微妙にずらしていたり、 装飾1つにしても意図的に形を変えている不思議な箇所があったのです。 これは見過ごしてはいけないと思いました。 これこそが「何かが足りない」部分であったと確信をしたのです。 ただしそれはミスか意図かを見分けるシンドイ作業やったんは言うまでもありません。 作っては消し作っては消しの繰り返しでした…。 あ、まあ武勇伝はよろしおます。 これはつまりのとどが、 設計思想の中心を線にするかオブジェクトにするかの分かれ道だったのです。 きっと多くのデザイナーはこの分かれ道立ったと思います。 世に出ている多くは線という選択肢を選んでいます。 ある人はこうも書いています。 復刻ではダメだ。それはつまり銀の版を彫るという作業に戻るという事だから。 ボクもそれは同意でした。 それなら版で言い訳です。 アウトライン化する意味もないのだと思います。 ただ、コンピュータを介す事で版を通り越して即印刷という発想に抵抗がありました。 コンピューター上で完成させるのではなくて、 印刷を主体に置いた上で完成させる発想。 だからオペレートする花形装飾も「版」でないといけないのです。 復刻はいけない、似せるだけではどうにも情けない出来になるのは目に見えている。 だからこそ、コンピュータで彫るという作業をもう一度する事で、 職人の意識を取り込み生きた花形装飾活字をそこに作り出す事が、 今回の大きな目的であり目標であると考えました。 正しい設計を否定するものではないけれど、 これも花形装飾活字をアウトラインする1つの視点であると、 設計思想の1つであると提示した訳です。 べんべん。 こういう事なのでした。



花形装飾活字を愛でる その7


2241。 続いて留める系の装飾。 ただこれは装飾色を強く押し出したものになりよります。 並べるには少し飾り多いように思う。 例のように単線を延ばして、 ポイント的に釘を刺すようなイメージで使うのが正しそう。 逆に線を多用出来るきっかけを作れるので、 「区切る」という意味では強い役割を持つ事が出来る。 装飾部分のおかげで繋げる部分を省略出来るので、 単に線で繋ぐよりも、 緩和されたイメージで達成が可能。 これを見てわかるように、 エンスヘデ活字鋳造所のシリーズ60は、 装飾を強める事で、 「緩和」するという印象を持たせるように努めている事がわかる。 イメージの強さとは関係をおかずその達成を可能にしていて、 これはアラベスクという伝統の継承をその時代に合わせいると言えるのです。 そして120年くらい前で既に伝統が重いものであるという認識であって、 それを解消すべく考えられた装飾であると言えます。 じゃ、今、 これを新しいシリーズとして考えた場合にどういう形になるのか、 それは考えるだけで面白そうです。 そして形にも出来そうな気がします。



花形装飾活字を愛でる その6


2240。 2237と同じ系統。 ただ、2237は短剣だったのに対して2240は長剣といった印象。 使い方も2237ようにたくさん並べて使うのは一遍だけにしてもう一遍は簡略したり、 線の部分を接ぐ事でその整理性を高めている。 文字に使う時も同様で、 両端に並べるとどうも情報が限定されすぎて役割としては不十分。 片方だけにするのがベターに感じる。 もし対象的に配したい場合は、 真ん中のように情報をわける役目としては便利な装飾。 長さと少しの装飾が違うだけなのに、 ここまでイメージが変わるのはスゲーね。 2237は留めるようなイメージだけれど、 今回のこれは閉じ込める要素も持っていて西洋的だなあと思う。



花形装飾活字を愛でる その5


2239。 これも基本形。 単に線を引いて隔てるだけでは、 細くしたり太くしたりでは芸がないんで、 その中身の肉の部分を作る事で、 見た目にも美しく機能的に優れているというもの。 線で囲むだけとか2235、2236で囲む以上に、 その情報の分断性能は極めて高く、 整理というより強制的。 柵というよりかはコンクリートの壁のような印象です。 ただ、これ以外に使い道が思いつかない哀しい装飾のような気がします。 もちろん機能としては十分に重要な役割があるので、 それは憂慮したほうがいいんだけど、 なんかもっとアイデア次第な気もしないでもないと言った感じ。 なんか他に使い方あったら教えてください。 だども場所を限定出来るので、 線とコンボじゃなく単体でも使えるかなあと思ったんだけど、 なーんか覚束ないというかノッペリしちゃうというか、 地に足が付いてない感じになる。 かといって他のものと組併せて使えるかというとそれほど拡張性も感じられない。 なんなんでしょうこいつ。 一言で言うとクドイ。そんな印象です。やっぱり肉。



花形装飾活字を愛でる その4


公式にアナウンスをいたしましたが未だに文章が届きません。 ああ、誰かこのデータ欲しいと思ってくれないかなあ。 こんなに楽しいデータなのになあ。 1日しか経ってないのに待ち遠しくて仕方ない。 裏ルートも大歓迎なんだけどなあ。 気軽な感じでお待ちしています。 3500文字はやっぱ多いのかなあ。 3500文字なんて小一時間あったら書けちゃうもんです。 この愛でるなノリで全然オッケーですよう。 という事で今回は、2238。 これもこのシリーズでは基本形。 これを基点にいろいろ用意してるって感じ。 今まで紹介してきた装飾との大きな違いは、 並べて使わないという事。 というか使ってるのを見た事がないというだけだけどね。 そりゃあ自由に使えばいいんでしょうが、 これは並べるよりも、 ワンポイント的な使い方した方が生きてくるみたい。 ここが中心ですようと言ってくれたり、 ここが始まりで、終わりはここですよって教えてくれたり、 文字を整理するといった感じよりかは、 整理した中でもっとわかりすく「目印」みたい役割をしてくれます。 個人的にはこの対象的な形のシリーズは大好きで、 他の装飾と組み合わせる事も出来て、 無限とまでもはいかないけれど、 無数の可能性を感じさせてくれる形です。 囲ったり並べたりせずとも1つでその用が足せてしまうのはスゲーなあと思う。



花形装飾活字を愛でる その3


今回は2237。 槍というかピンというか前回の2235や2236と比べると、 その形状のイメージに違いがある事がわかります。 前回の役目が文字の位置付けなら、 今回のこれは釘付けでしょうか。 文章に釘を打って留めるような役目があるような印象です。 塀のように囲むというよりかは、 どこか攻撃的でまさにランス、槍や矢のようです。 この形状については今後似たものが数種出てくる事になりますが、 イメージの段階といいますか、 今回のこれが基本であり役割を崩すことのない設計は、 これがどれだけの精査の元で考えられたか理解が出来ます。 その検証については今後ゆっくり書いていく事になりますが、 これ以上線を減らせば崩れてしまう、 ギリギリのラインを知った上でのこの形なのです。 そしてそのイメージがどこの部分で構築されているのか、 わかった上での設計だと言えます。 前回も書きましたが、 このように装飾活字はあくまで文字を整理するために準備されたものであって、 逆を突けば、 その役目を探る事で装飾活字の正体もまた具体的な実体として理解が出来、 美しくはあるけれど、 あくまで制限の中で成立するもので、 もっと書けば、 1つの装飾活字の追求をすれば、 こういった再現ではなく、 まったくの新しいシリーズとして自主的での制作は可能なのです。 これって200年前の時代性にあったデザインであり、 現代の感覚に合わせた装飾活字もまた実現はありえると思うのです。 例えば、 懐古的にこういったものを嗜むのもありかもしんないし、 研究や検証を追求も凄くありなんだけどね。 なんだかなあという感じです。 たしかに美術的な要素として捉えられリスペクトの元で、 イラスト等に使われている場合もあります、 これももちろんリバイバルといえるし時代性に合わせた使い方なんやろうけど、 もう一回書きますが、 これは文字の整理という役割以外のなんでもないんですよね。 単に装飾として捉えた場合に、 その物足りなさは目に余る物があるし、 それやったらミュシャぐらいの装飾に対するデッサンを見習った方がええですわな。 当時の活字印刷の限界、単色印刷としての限界の袖を、 絶賛するような価値観でありなのかどうかちゅう話で、 汚く書くと、 その上っ面だけを掬うとどうしても美術的な美しさに目がいくのです。 今回の2237なんてのは単体で考えると、 その美しさは無ですよね。 がその役目で使う事で「美しい」が際立つのです。 わかるかな。 今日はこの辺で。



花形装飾活字を愛でる その2


解説の最初は「2235」と「2236」。 互いに対照的な図案であり、今回の中では最もシンプルかつ汎用性に優れている。 そもそも花形装飾活字は装飾という一面がクローズアップされるが、 その利用はルールの取り決めにある。 文字にその役目を与え読む人にその補助をおこなうのが、 なによりもの使命。 ようするに視覚的に美しければ人の目を惹き読みたくなるんじゃねえの? という、 きっと凄く安易な理由で生まれたもんである。 んな訳なかろうがきっとそういう事である。 しかしその追求された汎用性と美意識は賞賛に値する。 しかも100年以上に流行ったシロモンである とまあ、 ここまでが花形装飾活字なんだぜって事で、 今回のこの2つは、 その中でも単純で線が少なく簡単な図案である。 単に文字を整列させる為に普通の線で行えばその目的は達成される。 が、あえて装飾を与えている。 それも必要最低限のアプローチ。 これ以上減らしても、 これ以上増やしても、 そのイメージはすぐにでも崩れてしまうのだと思う。 そのギリギリを良く知り、 どちらかというとこれ以上増やせないギリギリのライン。 増やせばきっと目に邪魔で、 この目的にそぐわない意味ないものになるんじゃないかな。 減らしても同様で、 単なる線になるやろうし、 その中間を取ったとしてもここまでの美的センスは得られない。 使い道は多種多様。 これ1つでも多くの事が出来る。 まず文字を囲むというやりかた。 単なる線以上にその束縛の効果は大きい。 そして抑圧。 文字のイメージに天上を作ったり地面を作ったり安定性を与える事が出来る。 これも単に線で行うよりも、 片方に装飾がある事でその強さは明確なものになっている。 最後にテーマ性。 いわば題名と文章をわける小さなきっかけを作る事が可能で、 これも装飾だからこその絶対性を得ている事がわかる。 単純だからこそ、 これだけの事が出来るし、 これだけのオブジェクトであるにも関わらず、 ここまでのイメージを構築する事が出来ている。 構成している装飾が簡単だからといって侮ってはいけないのである。 上の例の他にもアイデアを膨らませれば、 まだまだ使い方があるはず。 最後にコンピュータと印刷を連動させた新しいやり方として、 まず、 色を多岐に渡って提案出来るという事。 そしてそのアイデアは無限にあるという事。 一番の上で言うと、 1つはそのままの色で白い紙に刷る事は可能であるし、 その場合にはオレンジの部分のインクの乗り具合が非常に楽しみであり、 真ん中の白いインクの乗っていない静けさに薄い色の装飾がくる事で、 線と文字の黒に負けない強さがあるように思う。 アイデア次第では、 オレンジの紙に白の紙に刷った真ん中部分を貼る事で、 2種類の紙を使う事が出来ちゃったりする。 次に写真との組み合わせである。 これってカッコイイよね。 単にデータで流して印刷しても良かろうし、 写真と版を分けて刷っても良かろうし、 写植的に焼くときにOHP等のフィルムに刻印しておいて印画紙を重ねてやれば、 それそのものを製版というやり方も面白いと思う。 下のやつは、 こういう版をつくっておけば、 色を変えていろいろ遊べそう。



花形装飾活字を愛でる その1

正式アナウンスは当分先になりそうなので、 今回、アウトライン化したエンスヘデ活字鋳造所による、 シリーズ60の2235から2293までの1つずつ図案を、 その魅力と合わせながら欲しくなるように誘導出来ればという企みの元、 次回から解説をしていこうと思います。 この活字見本帳はアイデア325号の別冊付録にまとめられた、 花形装飾活字の名作精選によると、 1891年のもので100年以上も昔の図案です。 この時代を超え色あせないデザイン性は、 現在のグラフィックデザイナーの能力の無さに、 お灸を据えるべく躊躇にたくさんの事を教えてくれます。 この号のアイデアの冒頭に、 今、グラフィックデザイナーが気にしなくてはいけない技術は、ルールである。 と書かれています。 コンピュータを使って自由に制作が出来る今だからこそ、 その束縛のルールをどのように構築出来るかが、 今のグラフィックデザイナーに問われているのです。 これは、 ボクの世代でいうところの、 仕事や職場については語れるがそれそのものについては語れない、 薄っぺらい言語の中で、 そこでしか見出す事の出来ない。 もしくはアンダーグラウンドを知らない、気付けていない人達に問う活動の一環であり、 職業でしか世界でしか会話の出来ない人達への最後の抵抗でもあります。 こんなのどうせやったって、 誰にも認められないし、生活の糧にもなりゃあしない、 けど、 かつての同人誌「ゲームフリーク」が生んだゼビウスのような奇跡が、 同じように起こせるのだとボクは信じて疑わないのです。 あ、話が脱線しすぎましたね。 花形装飾活字の魅力、次回からお楽しみに。









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