『夢見るデザイン』

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竹田正典
Goat Graphic(s) ( http://rnsmdkt.blog.fc2.com/ )
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「デザイン」とは何か、最近はそのことばかりを考えています。デザインの本質、、なんかは僕が論じることではないと思うので、
一番最初に自分が思い描いたデザインとは何だったのか、どんな気持ちで今までグラフィックデザインをしてきたのか、を書こうと思います。

初めてデザイナーを職業として捉えることができたのは大学3回生の頃でした。
それまではデザイナー=センスのある選ばれた人だと思っていましたし、平々凡々に普通の大学へ進学した自分にはまったく関係のない世界だと。
そんなフツーの僕もずっと学生ではいられない訳で、どうやって飯を食って行くかを考えなければならない時期がやってきました。
就職活動。周りが説明会に行ったり、企業の研究を始めるのと同じタイミングで僕はそういう活動をせず自分が好きなもの、好きだったものは何かを本気で考えました。
好きなことを仕事に、とは思いませんでしたが、人生を何に捧げるかが見極められないと次に進めない気がしていました。
音楽も映画も好きやし、美術館とかもまぁ行くし、読書も毎日する…あぁ子供の時は工作の授業が一番好きやった、それに絵を描いて親に見せたら喜んでくれて嬉しかったなぁ。
すごくフツー。ありきたりな趣味だったり想い出のなかの「好きなもの」。

そんな時期に、友人からバンドで音源を作るからアートワークをやって欲しいという依頼がありました。
彼らの学生時代を統括するCD。その一部を信頼して僕に頼んでくれたことが何だか嬉しくて(竹田やったらできそうやん、という軽い動機だったらしいですが)、二つ返事で引き受けました。
この時はデザインという言葉も意識したことがなくて、パソコンでする工作みたいなイメージでした。
幸いにパソコンは普通に使えましたし、大学にもそういった教室がありましたので、手始めにネットで印刷物の作り方を検索していくと、それをグラフィックデザインと言うらしい。
なるほど、じゃあグラフィックデザイナーはかっこいいビジュアルをつくる仕事なんやな、、とりあえずMacってパソコンとAdobeってとこのソフトがあれば何とかなるんか、、
そういえばパソコンの教室にMacあったような、、ネットで印刷もできんのか、、そんなこんなでイラレとフォトショの分厚い参考書を片手に体験版で作ったものは、
友人に尋常ではないくらいに感謝されましたが、今見るとめちゃめちゃヒドいものでした。
でも当時は「わぁなんか俺すごいやん、できるもんやん、だのしー!」みたいな勢いでそれっぽいものが作れてしまい、
MacとAdobeのお陰にも関わらず自分がすごいと勘違いしてしまったのでした。
ですが自分が作ったものがすごく喜んでもらえたこと、それは僕にとっては今までにない最高に気持ちいい経験だったし、本物だったと思います。
あぁこれを職業にしたい。こんなことが繋がっていって生活もできれば最高やん。
フツーの自分にもできるんじゃないか、デザイナーになれるんじゃないか、そんな夢を見たのがこの時だったように思います。

それから色々調べていくうちに、京都で開かれていた展覧会にてコロマンモーザーのポスターに出会いました、
あぁこれがグラフィックデザイン!かっこいい!抽象的な女神の意味なんて考えずに造形にめろめろでした。
それにグラフィックデザインの汎用性、例えば企業なら広告、ミュージシャンならアートワーク、文筆家なら装丁、
自分が好きな人やモノ何にでも関われること、一緒に楽しめるところにもすごく魅かれました。 あとは今後自分ではコントロールできない企業に属して生計を立てていくよりも、手に職を持って必要なお金を自分で稼げる方が今の世の中、希望があるんじゃなかろうか、 なんてしっかり考えているような後付けも自分のなかで付け足して、グラフィックデザイナーを目指すことになりました。

目指すと決めてからは本当に夢中で周囲を説得し、学費を払うためにバイトを増やし大学と並行して夜はグラフィックデザインの専門学校に通いました。
回り道をした分、フツーの僕でもしっかり努力して勉強すればデザイナーになれる、本気でやれば何でもできる、
そんな暑苦しい思いを証明することがモチベーションになっていたと思います。
ただこの時の勉強というのはMacの使い方であったり、好きなビジュアルをなんとなく真似して人よりもたくさん作ってみる程度のことでしたが。
それにタイポグラフィや印刷、紙だったりの大切さがわかってきて本を読んでみたりしても、周りに教えを乞える人もなく、
頭で知っていても身になっている気がせず、結局は現場で経験しなければわからないところなのかと感じていました。
ましてや、「デザイン」の本質につながるようなことは、2年間の専門学校では気づくことはできませんでした。
とりあえず動こう、動けば自然と色々わかってくるはず!そんなことだけ考えていたと思います。
ただがむしゃらに年鑑を片っ端から見たり、デザインの展示のために遠くまで出かけたり、学校の授業には出ずにコンペのための作品ばかりを作っていた時期もありました。
でも夜中にキンコーズで初めてB1の出力をした時は最高にアガったし、会場で自分のポスターが飾られているのをみるのは快感でした。
この時は行動すれば、良くも悪くも結果は出るのでそれで前に進んだ気になっていたように思います。

就職してからも結局、何もわからず自分ひとりで自分が好きなモノを思うままに作っていました。 会社ではめまぐるしく回る案件のなかで、新人である僕の役目はADの描いたラフを参考にしながら、
Macに向かってレイアウトするが主だったと思います。それは僕が自分でやっていることとは違う、仕事でした。
もちろん新人としては当然で、なんの不満もなく楽しくやっていました。
順序を踏んで少しでも早く、案件を任せてもらえるようになろう。そうすればもっとデザインのことがわかるんじゃないか。
紙を選んだり、印刷を考えたり、それに自分の表現できるようになるんやろうな。とわくわくしておりました。
入社から少し経って、自分にもラフを描いて案を出すチャンスがありました。その結果、何一つ伝わらない。誰も喜んでくれません。
この時やっと、デザインって頭で考えてするもんなんだとわかりました。
今まではずーっと衝動と感覚だけで何の責任もないグラフィックをただただ楽しく作っていただけですから、
コンセプトだったり、自分の思考を伝えることなんて全然できませんでした。
それまで自分がプライベートで作ってきたモノは面白いアイデアをビジュアルに落とし込んで、 それがかっこ良ければ(自分の感性に合っていれば)まんぞく。それぐらいしか考えてなかったんです、本当に。
会社での仕事で、そんなやり方が成立しないことはぼんやりと気付いていたんですが、普段できてないことが急にできるはずもなく、
これが一番伝えたい大切な情報なのになぜそのビジュアルなのか、なぜもっとわかりやすい見せ方を選択しなかったのか、なぜこれが必要なのか、
なぜなぜなぜの質問に、しどろもどろにしか答えられませんでした。
誰かに何かを伝える、そのために情報を整理する、それを更にわかりやすく…みたいなことは全く頭にありませんでした。あほ丸出しです。
わからなかったんではなくて、わかろうとしていなかった、考えていなかったんです。
そんな僕でも「グラフィックデザイナー」として仕事に就けてしまったのですから、今思えば運がよかったとしか言えません。

僕にとっての一番最初に夢見たデザインという現象はコミュニケーションを生み出すものだったり、アカデミックなものだったり、そんなことではありませんでした。
ただ作るのが楽しい、喜んでもらえるのが嬉しい。それを実現するための手段として選んだのがグラフィックデザインでした。
今の自分は当時より、少しは前に進めたと思います。でも、それでも未だに一番最初の衝動が忘れられずにいます。



「継承と発展」

『継承と発展』
デザイナー/編集者 長田年伸(ながた・としのぶ)

何度目かの電子書籍元年を迎えた2012年だったが、ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか、日本のamazonでも電子書籍用端末kindleが発売された。数ヶ月先行して発売されていた楽天のkoboとのシェア争いの行方がどうなるのか、コンテンツをめぐる出版界の体制がどうなるのかなど、関係者にしてみれば不安(と興奮)の局面に突入していっていることは間違いない。 もちろん、印刷業、デザイン業に携わる者も例外ではない。というよりも、おそらく著者や出版社以上に事の推移には敏感にならざるを得ないだろう。どちらも基本的には受注産業であり、クライアントからの依頼なくしては仕事が成立しないのだから当然だ。死活問題といえる。 けれでも一方でこうも思うのだ。印刷とデザインはそこまで従属的なものなのか。印刷とデザインそのものが豊かなコンテンツとして存在しているのなら、そこから何がしかのニーズを生み出すことも可能なのではないか。
電子書籍をめぐる議論がコンテンツビジネスの覇権争いに終始していることは、その渦中から少し距離をとりさえすれば誰の目にもあきらかだと思う。そこにはこれまでの歴史のなかで、書物をめぐって蓄積されてきた技術や経験に対する敬意は、ほとんど払われていない。大事なものはコンテンツとしてのテキストであって、それを読むための装置は、極端ことを言えばなんでもいいのである。
だが、果たして本当にそれでいいのだろうか。書籍において唯一無二、尊重されるべきはテキストであり、言葉の器は、それが紙であれ電子であれ、とくに意識を向けられるべき対象でない、それでいいのか。
いいわけがない。
試しに青空文庫にアクセスして、そこにアップされている夏目漱石の『こころ』をブラウザ上で読んでみるといい。あるいはそれをiPhoneのアプリで読むとどうか。もちろん、kindleでもkoboでも構わない。そして最後に新潮文庫版の『こころ』を読んでみてほしい。それらの『こころ』は本当に同じ『こころ』だろうか。言葉が、そこから立ち上がる風景が、同じものに見えるだろうか。
読書経験とは視覚を通じた言語の消費活動である一方、もっと全体的で総合的な体験でもある。手にしているデバイスの質、そのときの体調や環境、精神状態…ありとあらゆる要因が作用する、圧倒的に複雑な行為なのだ。その豊饒にして複雑な経験の契機となるのがまさに「書物」であり、テキストと読者の接点となるインターフェイスは、おそらく一般的に考えられている以上に重要で決定的な役割を担っている。それは文字サイズを自由に変更できるとか、そんなレベルのものではなく、人間が言葉と交感するその深度を変えてしまうような、それほどの影響力までも発揮する要素として存在しているのではないだろうか。このことは、無意識的/意識的であるかはさておき、じつは電子書籍メディアでも共有されている。それは現行の電子書籍のデザインが紙の本を志向していることからも明らかだ。技術的最先端にあるデバイスのデザインが、オールドタイプメディアの象徴とも言える紙媒体の書籍を目指しているわけだ(あくまでいまのところ、だけど)。
とするならば、やはり印刷とデザインは単にテキストに従属するだけの存在ではなく、いまだに実際的な効力をもった手段であり、そこには参照すべき文脈と鉱脈があると言える。


私はデザイナーなのでデザインのことから考えてみたい。
印刷もデザインも、具体的な技術として存在している。デザインについては少し違う印象を持つ人がいるかもしれないけれど、たとえば文字をどの書体、どのサイズで組むかという選択を支えるのは、具体的な技術だ。そもそもデザイン(ここではグラフィックデザインに限定して使っている)の発達は印刷技術の発展と切っても切れない関係にあるわけで、そのことひとつをとってみても、両者が具体的な技術であることは推測できる。
具体的であるということは、そのことについて語り、伝え、記録することが可能だということ。現在の人間は過去から学び、かつまたそれを次代へ伝えていく責任がある。そうやって、人間は少しづつ技術を発展させてきた。
でも、残念ながらすべての技術がそうあるわけじゃない。殊に印刷とデザインの場合はそうで、たとえばわずか半世紀前には現役で使われていた金属活字による印刷技術、いわゆる活版印刷は現在ほとんど死滅しかけている。90年代までは現役だった写真植字にしても、もはや使われていない。
活版印刷は写植技術の台頭によって、写植はDTPの登場によって、それぞれ世代交代を迫られた。イノベーションが起きて古いものが淘汰されていくこと自体は構わないが、問題はここで断絶が起きていること。過去の技術も経験も引き継いで次のステージへ行くのではなく、それを捨てる形での発展しかできていない。
そんなことはない、という向きもあるとは思う。だが、本当にそうなのか。結果的に何かを引き継いでいることはあるかもしれないが、それはあくまで「結果的に」というレベルでの継承であって、意図して行なっているようには思えない。もしも意図的な継承が行われているのであれば、DTPの登場によって日本語組版は革新的な発展を遂げていてもおかしくなかったはずだし、電子書籍メディアの組版のような、おそろしくひどい状況は現出していないはずだ(いまは大分ましになったとはいえ)。
日本のデザインに限定して言うのなら、結局、新しい技術と古い技術の間に橋をかけることのできないまま、ぼくらは定期的な断絶を繰り返して停滞しているのではないだろうか。

印刷はどうか。私は印刷技術者ではないから、印刷について書くとなるとそれは「印刷を取り巻く周囲の人間」についての記述にならざるを得ない。その点に保留を加えつつ語るのなら、デザインとは少し状況が異なるのではないかと考えている。
印刷の場合、シルクスクリーン印刷もグラビア印刷も、やろうと思えばいまでも実現可能である。ただそうした仕事を目の当たりにすることは非常に少ない。あまりに高コストのため、実際に使用することが難しいのだ。もしこのまま使われる機会が減じていけば、遅かれ早かれ技術は失われてしまうだろう。
一方で、一部の印刷フリークのあいだでは活版印刷の人気が高まってもいる。活字を組んでそこにインキを乗せ紙に刷る、その際に生じる手触りがいいと言うのだ。 ところが実際はこれだと本末転倒で、活版印刷に携わっていた人間たちはこの手触り=印圧をいかに無くすかに腐心していた。活版印刷を愛する人間の多くは、単純にいまの平滑で摩擦の少ない印刷物(ひいては社会や人間関係も?)への反動としての手触りを愛でているだけで、技術的な問題にまでは踏み込んでいない。
つまりベクトルは過去に向ってはいるものの、本質的な継承は意識されておらず、結果デザインを取り巻く状況とさほど変わらない断絶が生じているように思うのだ。もっとも、印刷の現場とのつながりを持たない私の書いていることなので、事実誤認もおおいにあるとは思う。とくに現場レベルでは活版ノスタルジーのようなことが生じているはずもない。問題は、一部の印刷フリークとデザイナーの側にあるのだろう。


イノベーションは今後も起きる、その度に古い技術は姿を消していく。これは必然だしその流れに抗おうとも思わない。けれど、その新しい技術のなかにかつての技術が姿形を変えて存在してくれていないと困るし、そうであるべきとも思うのだ。それも、意図的に。そうでないと、何かを継承することも、それを発展させることもできなくなってしまう。
デザインに限って言えば、どうしてデザインソフトはこんなにも便利になっているのに、ぼくらはチヒョルトのデザインよりも優れたものを作れないのか。どうしてポール・ランドやソール・バスのデザインに勝るとも劣らないものを生み出せないのか。過去のどの偉大なデザイナーの時代に比べても、技術も環境も整っているのに、どうしてぼくらはこんなにも不自由なのだろう。 懐古趣味に走れと言いたいのではない。過去のものだけが素晴らしいとも思わない。感傷的なノスタルジーはいらない。ただ、これからの印刷とデザインのことを真剣に考えるのなら、間違いなく過去を参照し、過去に立脚した上でないと、これ以上先に進むことは出来ないのではないか。


これからの20年のために、いま具体的な技術を継承したい。
では、なにをすることが具体的に技術を継承することになるのか。印刷のことで言えば、さきほど『play printing しくみを知って使いこなす、オフセット印刷、紙、インキ』という素晴らしい本が上梓された。たとえばここに書かれていることを丁寧に読み解き、実際に現場に足を運び、そこで行われていることに触れ、試し、今後の印刷にどのような可能性が残されているかを考えることが、具体的な技術の継承になるだろう。
デザイン、とくに日本語組版のことで言うのなら『日本語組版の考え方』という書物が存在している。ここに書かれていることを理解し、それを日常のデザイン業務のなかで検証していけばいい。
つまり、実直に愚直に、いま目の前にあって手の届く個別具体的な技術に正面から向き合い、その仕組みと原理を理解し、体得していくことが、まず先決なのだと思う。印刷とデザイン自体のフレームを拡張するのは、その先のことだろう。砂の上に城を建てようとしても不可能だから。


最後に、いまデザイン、とくに日本語書籍のデザインが直面している課題について触れておきたい。
90年代にDTPが登場したとき、日本語組版の担い手は印刷所の技術者からデザイナーへと替わった。その結果引き起こされたのは書籍組版の崩壊だったという。それからおよそ20年の時を経て、アプリケーションの精度は向上し、デザイナーの知識も高まり、いまようやく日本語書籍の組版状況はまともになりだしている。そんなところに電子書籍である。
電子書籍を目の敵にするわけではない。新しい技術を不当に貶めるつもりもない。ただ、いままたDTP黎明期と同じことを繰り返すわけにはいかないのだ。電子書籍は印刷された書物とは違って、テキストは定着していない。個々人の好みや感覚に合わせて、文字サイズも行間も書体も変更することができる。そのこと自体は素晴らしいことだと思っている。視力の弱い人や老年者にとって、文字情報へのアクセシビリティは飛躍的に向上するだろう。
でも、そのことを支える基本的なロジックが成立していないのだとしたら、やはりそこに現れる組版は水準の低いものにならざるを得ない。
なぜここまで組版についてうるさく言うのかといえば、それが文章理解に影響を及ぼすからだ。日本語は、約物・句読点・記号といった文字が機能的に視覚化され文章構造が可視化されているからこそ、意味理解を助けてくれる。逆にその構造が可視化されていない文章は非常に読みにくいものになる(たとえばすべて仮名で構成され句読点のない文章を想像してみてほしい)。 文章を読みそこに書かれている情報を理解、あるいはそれと交感することが読書の第一義の目的なのだとすれば、それを担保するには、これまでの日本語書式環境が培ってきた歴史を踏まえ、理解の促進を実現するデザインが必要だと言える。
文字をただ大きくしたからといって、それは視覚認識を助けはするが、必ずしも意味理解を助けはしない。そのことに、どれくらいの人間が自覚的なのだろうか。DTP黎明期と同じことを繰り返すわけにはいかない、と書いた。なぜか。またここで断絶が起きてしまうと、この20年間で持ち直してきたものが無駄になる。それに、いまここで継承をしておかないと、基準となるものがなくなってしまう。これからの20年では、定着メディアに文字が印刷されることがなくなるかもしれないのだから。


いまこのタイミングで継承と発展への足がかりをつけておくこと。それが出来なければ、印刷にもデザインにも未来はないのじゃないか。そんなことを考えている。でも、別に絶望しているわけではない。いつだってぼくらに許されているのは、やれることをやるという、そのことだけなのだから。
もしもこの文章を最後まで読み通してくれる人がいたのだとすれば、それは希望である。そして反発も賛同も、怒りも共感も、すべて含めて何がしかの反応が生まれたのなら、もう少し希望は大きくなるのかもしれない。



「僕の印刷とデザイン」

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 月岡正明/Masaaki Tsukioka
1999年学校法人専門学校東洋美術学校、グラフィックデザイン科卒業後
2001年学校法人東洋美術学校視覚伝達デザイン・グラフィックデザイン研究室に
専任講師として着任。在職中、第74回毎日広告デザイン賞第一部優秀賞を受賞。
現在東京デザイナー学院グラフィックデザイン科学科長。

Facebook http://www.facebook.com/masaakitsukioka

Twitter @TDG_Graphic
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日曜日の朝。といっても起床したのは10時過ぎであったが。今日は久しぶりの休暇だ。
私は東京のデザイン学校に勤めている。グラフィックデザイン科の責任者だ。カリキュラムを作り、講師を取りまとめ、ときに自分も授業を行う。いわゆるデザイン教育という現場に身を置いている。

いまは新学期であるから、ここ数週間は多忙を極めた。在校生の新年度スタートに加え新入生の受け入れの準備もある。教育の現場では最も忙しい季節だ。

桜も散り始めた頃、入学式もクラスのミーティングも終わり来週からはいよいよ新入生の研修期間となる。デザインの現場に臨む為の心得を教育する週だ。
毎年卒業生を招き新入生に対して講演会を行っている。これは持論だがデザインを学ぼうとする学生は数多くいるが具体的にデザイナーの仕事を知っているものはないに等しい。そもそもが裏方の仕事であり、普段生活している中ではなかなか知ることのできない物作りの仕事の中では匿名性の高い職業と言える。
私の勤める学校ではマンガ科やイラストレーション科もあり、グラフィックデザイン科とは違い職業のイメージがつきやすくて名もしれているクリエイターがたくさんいる学科が羨ましいと思ったものだ。
そんな思いもあって、新学期には必ず卒業生を呼び仕事の話をしてもらっている。デザインとその仕事をまずは知ってもらおうという意図だ。
今年は若手のデザイナーを二名お呼びしている。残念ながら私が着任する前の卒業生で面識はまだ薄い。更にこの週は卒業生以外にも様々なゲストを招く予定を立てている。

ここでひとつ問題があった。名刺がないのだ。数ヶ月前に切らし、新学期の多忙も手伝って発行の依頼もできていない。さて次週からかならず名刺は必要になるぞとわかっていたことなのだが頭を抱えた。自費で印刷に出すにも時間がない。その時ふと学生時代のことを思い出した。なければ作れば良いのだ。デザインだけでなく印刷も名刺サイズなら容易だ。学生時代散々やっていたことではないか。そんな思いと同時に自分がデザインするということから遠のいていたことにも気が付いた。これは反省せねばならないことだ。そんな思いが頭を駆け巡ったのが先日のことである。私はベットを出て支度をし日曜日の昼も間近となった時間に職場へと向かった。

二時間ほど電車に揺られ職場を目指す。休みの日にたったこれっぽっちの名刺を作りにいく為に往復四時間をかける。なんともバカらしいことだと思えたが、仕事に忙殺されデザインを忘れていた自分にはとても大切なことのように思えた。心なしかウキウキする。自分だけの秘密のミッションだ。
学校につくと、外の明るさとは対象的に暗くしんと静まり返った学内の様子に居心地の良さを感じた。同時にとても違和感をおぼえる不思議な光景だ。普段毎日過ごしている場所だが、いまは誰の気配もなく当然だがなにも稼働していない。時が止まったようなという表現はこういうことを指すのだなと一人思う。
自分のデスクにつきMacを立ち上げる。カバンからは水筒を出し、朝いれて来たミルクティーを口に含む。そしてIllustratorを立ち上げた。
自分がいままで制作したものはフォルダにまとめてある。6年前に作った名刺のデータを探す。階層が深く探すのに難儀したが確かにあった。名刺のデザインが画面に現れるとその当時のことも同時に蘇ってきた。そうだ、この名刺は30歳を機に転職しようとした時にデザインした名刺だ。これを使って就職活動をしたものだ。

今日はとにかく時間がないので、既存の名刺を作り変えることに決める。文字を選択すると使用書体はリョービの本明朝とBenboの二書体のみ。しかしよくみると電話番号だけイタリックになっていたり、住所はオールドスタイルで組まれていたりと中々細かい。肝心の名前は字送りを極端なほどひろげ文字そのものは大きくはないものの名刺の限られた空間の中で確かな存在を主張していた。一文字づつ選択すると、個別に小数点でQ数の調整がされ、1%刻みで長体平体がかけられていた。
当時の自分の意気込みが感じられた。名刺自体は白地にスミの文字がレイアウトされただけのなにげないものだが、そこには確かな熱があった。 細部を研ぎ済まそうとしているデザインだ。しかし細部しか見えていないデザインとも思えた。木をみて森を見ず。木どころか枝や葉や葉の葉脈まで見ようとしているデザイン。この名刺を作って6年が経過しているが今の私は森が見えるようになれただろうか。

様々な思いがよぎるなか、手際良く作らねばならない。いまの自分もこだわり出したら止まらないことを知っているからだ。
大幅に変えることはやめることにした。幸い書体の選択は悪くない。というか、いまだに好みが変わってないだけだろうか。当時にはなかった肩書きを書き加える。あの時に自分が求めた場所にいま到達できているのだろうか。
今回の名刺は公用なので住所や、連絡先を職場のものに置き換える。当然文字組はいちからやり直しだ。しかしそう時間はかからなかった。ほんの少しは目と判断力が成長したのかもしれない。
当時の自分のデザインは規則正しくガイドラインがグリッド状に引かれ、きっちりと規則正しい構成で紙面に配置されていた。しかしいまの自分にはどうにも居心地が悪い。揃えるところは揃えるとして、要所のみ揃えたのちにあえてズラすレイアウトをしてみることにする。置いた場所から数値入力で奇数分ズラす。大きさを変える時もあえて中途半端な数値にする。少し気持ち悪い。それが心地良い。
学校のロゴを入れようと思うがなかなか位置が決まらない。縦組みの名刺に対して横組のロゴなのだ。しかしここもあえてガイドを見ず、適当にぽんっと置くレイアウトを試みる。何度も何度もやり直す。でもきっとここが良い!って思ったらそれは失敗なんだと思い、まあまあのところで決定する。少しくらい意図のないものがあっていい。

ひとまず完成したので出力を行う。職員室備え付けのコピー複合機だ。デザインのチェック。肩書きと学校名を少し大きく、ロゴの位置を一ミリ調整。名字の一字をベースライン調整と赤をいれる。いずれもモニター上では気付けない細かい修正だ。データを修正し、再度出力でデザインをチェック。よし。これを本刷りの為の原稿とするため別ファイルに面付け用のデータを作る。A4サイズに9枚の名刺を面付け、あとで切りやすいよう断ちトンボをつける。名刺用の紙は学校にくる途中の画材屋で購入していた。A4サイズのファインペーパーだ。幸い希望に叶うものがあった。名刺は紙の持つ力が大きく作用する。

学校には輪転機がある。主に学生に配布するプリントを印刷する為に使用されている。大量部数の印刷にはコピー機ではなく輪転機でと決められているのだ。私はこの輪転機というものが好きだ。トナーでもインクジェットでもなく物体であるインクが紙にのる感覚。そのテクスチャーはとても艶やかで温度が感じられるのだ。今回の名刺の印刷は絶対に輪転機と決めていた。文字のみのスミ一色のデザインであるが、コピー機で印刷したものと輪転機で印刷したものとでは、出来上がりにかなりの差異が生じるはずだ。紙にインクがのる。ただそれだけのことだが、とても大切なことなのだ。これは細かいどうでもよいマニアックなことなのであろうか?いや、デザインの性格を左右するとても重要なファクターだと信じている。

さていよいよ名刺の印刷だ。輪転機を前に準備を行う。ひとつ心残りなのが肝心の原稿がコピー機による出力というところだ。細かい文字も多いので若干ジャギーが見えなくもないが今回はいた仕方ない。
輪転機とはいってもコピー機と同様のサイズで無論電動だ。原稿をセットし製版のボタンを押す。コピー機にはない行為だ。機械が稼働し音を立て始める。印刷が始まろうとしている。セットしたコピー用紙が機械に取込まれ試し刷りがされて排出される。ほのかにインクの匂いがする。刷り面はまだインクが乾いていない為触ることができない。製版が完了し紙をセットするが最初の10枚程度はコピー用紙に刷る。印刷の出来が落ち着くよう馴らすためだ。そして本場の印刷。ただの紙が、ただのインクが合わさり定着し、そこにある世界が生まれる。目的を持ってそこに存在する姿となる。刷り上がりの印刷物は取れたての果物のように瑞々しい。思えばデザイナー時代も校正刷りが好きでたまらなかった。
あとは名刺サイズに切る作業を残すのみとなった。作業場へと場所を移し断裁の準備をする。カッターと定規を出し断ちトンボに合わせる。定規は無論背中を使う。カッターを紙に走らせる。それほど力はいれなくとも充分に切れる。繊維が分断されていく感触を確かめながらトンボからトンボへとカッターを誘導する。定規を抑える方の手に力が入る。一枚また一枚と名刺が名刺の顔を見せ始める。しかしここで完成ではない。名刺サイズへと切り落とされた紙の切り口には、断裁したことで細かいシワが寄りエッジが平坦ではなくなっている。繊維が強制的に切り離されたことによる反動でそうなる。気にしない人は多いのだろうが、よく見れば見た目もあまりよろしくない。いつのころからだろう、私は必ず切り落としたあと金属製のヘラやスプーンなどでこのエッジを慣らすことにしている。学生時代に身についた小技がいまも体に染み付き自然と繰り返しているのだ。

ほどなくして名刺は完成した。文字だけのなにげない名刺だ。案の定、コピー出力を原稿にしたことで、文字のフォルムにジャギーがかかり少し残念ではある。しかしこの名刺だけが持つ独特の佇まいがそこにはある。これはデザインの完成度を指しているわけではない。ましてや自分のデザインの自画自賛しているものでもない。
細かい修正を経てそれぞれの最適な居場所を見つけた文字の集合体や、その文字が居心地良く存在する紙のテクスチャー、文字と紙をつなげ、目的を持った存在になる為に大きな役割を果たすインク、これら何気ない一つひとつのことが組み合わさりこの名刺だけの佇まいを形成しているのだ。言葉を変えれば存在感や、性格ともいえるだろう。
デザインとは数多くの選択肢を経て形成される集合の美である。一個人が休日になにげなく作る名刺でさえそうなのだ。
細かなことをこれでもかと積み重ね、トライとエラーを繰り返しながらもナリを形成していくという職能もデザインと印刷のいち側面であるといえるだろう。
完成した名刺を数分眺め、名刺入れにしまい、学校をあとにする。今日は休日なので残りの時間は家族とすごそうと思いながら帰路についた。



「私のグラフィックデザイン」

市立豊中病院 医療情報室
看護師
染谷 裕

 グラフィックデザインとは、主に平面上に表示される文字や画像、配色などを使用し、情報やメッセージを伝達する手段として作成されたデザインのことと、ウィキペディアには定義されている。
 何から書き始めようかと頭をめぐらすが、これというキーワードは見つからない。そこで、今回要望された「家業である看板屋と幼少期の体験」についてから、書き始めることにする。  私の父親は、看板屋だ。叔父と一緒に看板屋をはじめ、私が生まれるころに独立し、現在も変わらず、看板屋を営んでいる。私と兄は、幼いころから、看板搬送用のドロドロに汚れた毛布にくるまって、シンナーの臭いで満たされた工場の隅っこで、横になって父親の仕事を見てきた。父の手は、いつもペンキと鉄粉にまみれていた。口数は少なく、黙々と働く父の姿は、まさに職人と呼ぶにふさわしい姿だった。
 看板といっても、小さな店先におかれた、木枠にブリキ板を打ち付けた簡素なものから、樹脂をプレスして作る大型のファミリーレストランのような看板まである。時代は変わり、今はLEDを使ったものまで、多種多様になった。
 幼いころの父のイメージは、ペンキで板に直接文字を書いていく、筆を口にくわえながら、少し離れて全体を眺めながら唸っている。普段の文字は、お世辞にも上手とは言えないが、ペンキと筆を持てば、ほとんど下書きらしいものがなくても、すらすらと、ゴシック、明朝、行書とかき分けた。いつも水平や、直角、左右のバランスに注意を払い、すべてのもののバランスを、逐一細かくチェックしなくてはならない、困ったところもあった。しかし、子供心に、世の中は直線と曲線でできていて、直線は水平と直角のルールに従っているのだと学んだ。自然に、自分自身の中で、直線を水平に保ち、直角を正確に測る身体感覚が身についた。これはまさに、父の英才教育だったのだろう。
 父の作り出す文字は、ほぼフリーハンドであるとは思えないほど正確で、絶対のバランスを保っていた。角の処理の仕方や、はらいの角度、とめの形。すべて、父の文字で覚えた。いつのころからか、父の見よう見まねでレタリングをはじめ、小学校3年生のころには、ゴシック、明朝は自由に書けるようになっていた。
カッティングシートが徐々に主流になって、紙にレタリングしてた文字をシートに張り、カッターで文字を切り出すようになった。このころから、母がカッティングシートの切り出しを担当するようになった。母は、もともと美容師であったが、私が幼いころに専業主婦となっていた。私も母と一緒に、文字の隙間のいらないシートを切り出す作業を、よく手伝った。一色のカッティングシートから、文字がくっきりと切り出されるのを見るのは、とても楽しい。この切り出し作業も、どんどん機械化され、Illustratorで作成された文字を、カッティングマシーンで切り出すようになった。そうなっても、この作業の担当は母だった。カッティングシートが主流になるにつれて、父が文字を書く姿を見なくなった。しかし今でもよく覚えている。父が書く文字を。私自身のデザインの基礎は、父の文字にある。白いブリキの板の上に、すらすらとペンキで書き出されていく文字達。くっきりと、そしてぽってりと塗り描かれていくペンキ。色のコントラストだけでなく、塗られた部分の筆が描き出す細かい描画。小さな気泡。カッティングシートでは作り出せない、手作業だからこそ生じる、若干の曖昧さが、デザインに人間味の暖かさを生み出す。私は、あのペンキで書かれた文字の、筆の動きをじっくり見ながら、文字を美しく見せるバランスを学んだ。線と文字にこだわりを感じるようになったのは、まさに幼少期の父の書く文字に影響を受けているのだろう。
父は、自分から私に何かを教えてやろうとすることはなかった。しかし、私がこれを作りたいというと、あれやこれやといろいろなものを持ってきて、作り方を教えてくれた。小学校のころは、アクリル板を文字の形に電鋸で切り出したり、箱を作ったり。木で椅子を作ったり、特別図面を引いたり、完成図を書いたりすることなく、思いつくままにいろいろなものを作り出した。正確な文字を書くという行為とは対極の、ただ自由に作りたいものを形にする作業だ。幼いころは、よく一緒に設置現場に出かけて行った。大きな看板をトラックに乗せ、夜中にガタゴトと大きな音を響かせながら現場へ向かう。大きな重機を使いながら設置する。現場にいるだけで邪魔になるのに、あれやこれやと手伝わされて、何だか自分も一緒にそれを作ってきたみたいな一体感を感じた。これといって何も手伝うこともできていないのに、アルバイト代をもらって、わけのわからない満足した達成感を味わったことをよく覚えている。
最近では、LEDを利用した看板の作成に力を入れている。ガソリンスタンドの入り口でよく目にする、ガソリンの値段を表示したLEDの立看板。父はこれを初めてLEDで作ったのは俺だと自慢している。どこまで本当の話かは分からないが、うちの主力商品になっているのは間違いがない。心斎橋のエルメスの看板を下請けで作ったというときには、家族みんなで夜中に心斎橋まで出かけていき、閉店したエルメスの前でビルの天辺に設置された看板を眺めている、変な集団になった。大人になって、気難しい父とはあまり話をしなくなったが、自分の仕事のことを語る時の父は、昔と全く変わらない。自分の信念と誇りを持って看板を作っているのがよく伝わってくる。
父方の祖父は、売れない日本画家だったらしい。私が生まれる前に亡くなっているため、私には面識がない。しかし、家には祖父が書いた馬の絵が飾ってあった。力強く、たくましいその馬の絵は、今にも抜け出してかけていきそうだ。父はよく、自分には絵の才能がないと話していた。確かに、父が絵を描いているところは見たことがない。看板の図面を引いていることはあっても、デザイン上の簡単な絵であっても描くことはなかった。昔、そばを食べてる子供の絵を描いてくれと、父に頼まれたことがある。注文を付けられるままに、てきとうな絵をかいたが、数か月後には工場の近所の蕎麦屋の看板に、私の書いた絵が描かれていた。
絵を描くこと自体は、昔から好きで、子供のころは暇があれば紙に落書きをしていた。水彩やパステルなどで色を乗せ、作品として仕上げることもあった。しかし、絵に関しては兄に勝つことができなかった。他においても、殆どのもので兄に勝つことはできなかったのだろう。何もない紙の上に、子供から年寄まで、多様な人物を描き出す。兄は今、漫画家をしている。特定の趣味を持った成人限定の。兄は高校中退ののち、大検を取得してデザイン系の専門学校で漫画を学んだ。漫画だけでなくデザインに関しても、自分の考えを熱く語る。かなり自分の好みに傾倒していると感じるが、作品に対するこだわりに関しては、とても共感するところがある。父とはいつも衝突しているが、やはり親子だと感じるほどに、お互いに自分の信念を曲げようとはしない。仕事に対するこだわりの部分になると、だれも止めれないほどにヒートアップしてしまう。デザインや、ロゴなどに対するものでも正面から意見をぶつけ合う。本当にこの二人は似た者親子だと感じる。私自身は、結局のところ、作品を作るという立場にいないのがやや離れた位置からの目線になるのか、少し離れたところから眺めてしまう。本心では、二人と同じようにモノづくりの立場でいたいという思いも持ちながら。
父の書く文字から、母の切り出すカッティングシートの文字に変わり、私の関心は、Illustratorに移った。簡単に文字を画面上に書き出し、簡単に伸ばしたり広げたり、微調整から、独自のロゴ作成までが面白いように出来上がる。見よう見まねで触っていても、うまくいかない。
Illustratorに関しては、いまだに母にはかなわない。母には、美術的なセンスがない。文字の間隔をどれくらいとればいいのかなど、考えることはほとんどない。しかし、職人としては逆にそれでよかったのだろう。父の持つ文字のイメージを母が言われるとおりに書き出す。文字について神経質なまでにこだわる父と、全くこだわりがわからない母が、二人で作るからこそ父が今まで手で書いてきた文字の代わりになった。
Illustratorを使うようになり、私自身、発想の幅が広がるのを感じた。紙の上に書き出すには、必ず紙のサイズという限界がある。しかし、デジタルの世界では、物理的な限界はないに等しい。手書きでは難しい直線も、直角も正確に書き出せる。デジタルは、私の中のデザインに対する欲求を満たしてくれるようになった。デジタルであれば、テキストを見ながら、自分の作りたいと思うデザインや画像を、自分の手で作り出すことができる。
Illustratorでいろいろなデザインを試行錯誤しながら作るうちに、自分の中にあるもやもやするものに気が付いた。それは、形をとどめない雲のようで、払いのけようとしても払いのけられない煙のようなものに感じた。Illustratorを使うことで、誰かの真似事を簡単にできる。でも、全部が誰かの真似事でしかなく、初めから自分自身で作り出したものがない。デザインだけでなく、紙に書く絵ですらすべてが真似事だった。結局、私には、人の真似事しかできないのだということに気が付いた。それはデザインや絵を描くことにとどまらず、音楽活動をしてみても一緒だった。幼いころから、ものを作り出すことの素晴らしさを知り、自分自身で何かを作り出したいと願っていた。心のどこかで、自分はそういう世界で生きていきたいと願えば願うほど、人真似だらけの自分の作品が嫌いになっていった。だから私は、そういったひらめきを自分の力で形にする人たちとは違う世界で生きる道を選んだ。
医療の世界には、ひらめきで作られるデザインは存在しない。すべてが計算されて、人間工学や、ユニバーサルデザインというような、科学的に平等で利用者優位のデザインでしかない。作成者の意図を伝えるために作られたデザインは、医療の本質に反するからだ。医療の本質は、患者などの対象の欲求にある。与えての意図を押し付けることは、言ってみれば悪になる。ある種、押しつけ的な美術的感性の入り込む余地はないのである。
また、実際に医療の中で働くとわかるのだが、医療にかかわるデザインは医療従事者が行うものではない。医療従事者は利用者であり、仲介役でしかないのだ。他人のデザインに囲まれた世界。自分自身は、ルールに従い行動すればいい、管理された世界。その中にいることは、美術とは対極の世界にいるということだ。ある意味、それは潔く、心地よい。
しかし、看護を行うということは、とてもデザインに似ている行為だと感じることがある。「看護をデザインする」、「看護はアートだ」ということがある。看護師が行っている業務のほとんどが、看護師以外の職種でも行うことができる。言ってみれば、看護師は医師や薬剤師、介護福祉士、栄養士などの業務の一部分を担いながら、1つの業務体系を形作っている。これらも、もともとは看護師が独自で行っていたことを、そのジャンルにおける専門性を高めるために、後になってから職種として独立したものもある。そのようなポジションで、看護師が看護学という独自の領域を保証するために、何を行ったかである。それは、患者を中心にした医療従事者のチーム医療を調整し、患者へのケアをデザインしたのだ。なんでもない、体をふくだけの行為に看護としての意味を持たせ、ケアとして提供する。そういったケアの積み重ねで、対象に働きかけたのだ。それだけでは何の意味もない、線や余白に意図を持たせてデザインする行為に、看護はとても似ていないだろうか。美術とは違う環境の中で、私は看護師というデザイナーになれたのかもしれない。
看護と出会うことで、いつのころからか心の中にあったモヤモヤしたものから、解放された。しかし、モノづくりへの欲求は抑えることができない。幼いころより、なんでも自分で作ることを両親から教わった。食べたいものがあれば、自分で作る。おもちゃがほしければ、自分で作る。そうやって私は育ったからか、誰かが作ったと聞くと、自分にだって作れるはずと思って、じっとしていられなくなる。だから、とにかく作る。人の真似事がとにかく得意だということ、物事を順序立てて考えるのが好きだということ、どのような工程で作られているのだろうと考えるのが好きだということ。すべてが、人真似手作りに向いている。私は、自分自身を「手作りマニア」というポジションに置くことを決めた。私はクリエイターではなく、ただの手作りマニアだと。1つのことを突き詰めていって、それで食っていけるほどの根気も、情熱もない。それでも、自分で作ってみたいという欲求は、あふれんばかりに持っている。その方向性は、食べ物から編み物、服飾、日曜大工まで幅広くなっていった。
作るということと同時に、デザインされたものの意図を読み解くという楽しみも見つけた。自分自身がそうであるように、すべての線には意味があるはずだし、形状や色の選択などにも、複雑に絡み合った意図が存在するはずだと考えながら眺めるようになった。それが商業デザインであれ、そこには意図があり、目的があるのだ。
こうやって、自分自身とグラフィックデザインのつながりを見つめなおしていくと、不思議な感覚を覚える。やはり、私自身はグラフィックデザインにかかわっていたいのだということ。美しいものは好きだし、きれいなものが好きだ。理路整然と整えられたものが好きだ。釈然としないが、どこか物憂げで何かを語りかけてきそうなものが好きだ。何かを伝えたいのに、鬱々と内に秘めて、今にも爆発してしまいそうなものが好きだ。今現在の仕事が向いていないというつもりはない。しかし、自分自身の本質は、やはりモノづくりの精神にあるように思う。その目線で、改めてグラフィックデザインについて考え直してみたい。自分自身の内側にある原点を見つめなおす意味を込めて。
私自身の、「デザイン」の原点にあるのは何だろう。それは、紙と鉛筆だ。いつもここから出発してきた。紙ほど包容力のある媒体はない。白い何も書かれていない紙。紙は、白く無限の奥行きを持っている。子供のころ、新品の自由帳の表紙をめくる、目の前に白くてきれいな紙がある。めくっても、めくっても白い紙。ここに、自分の書きたいものを書きたいだけかける。どんなものでも、なんでも、自分の空想にしか存在しないようなものでも、自由に書けるという途方もないワクワクが胸いっぱいに膨らむのを感じたことを思い出す。まっさらの自由帳に、最初の点を打つ瞬間。想像するだけでもドキドキする。この初めの一点を打つ場所で、この自由帳の性格や運命を決めてしまという感覚。その点に大きな力が宿っている瞬間。真っ白で何の意味も持たない紙に、自分自身の意図を込めた瞬間だ。その点の位置だけでも、そこに意図がありさえすれば、私はそれでもデザインと考える。
私自身の「デザイン」の原点は、紙と鉛筆だということは分かった。ならば、そこから何を生み出すのだろう。私にとって、もっとも書きやすいものは、文字だ。そう、父の書いてきた、人に見せるための文字だ。文字には当然文字としての役割がある。情報を伝達するための手段だ。しかし、それだけでなく、文字そのものの美しさや、文字を並べて画面構成することで生まれる美しさもある。私の好む文字は、理路整然と並び、我が物顔で画面の一番バランスのいいところに、あたかも自分以外の者にはその場所には収まれないのだとでも言っているように収まりこんでいる文字が好きだ。普段から書類の表紙に入れるタイトルの位置に、普通の事務員では考えられないほどの時間をかけて悩む。そのタイトルは、まさにその書類の顔であり、命のすべてだと思う。
白い縦紙に、右上1/4の中心より少し高いあたりに、さらりと縦書きで書かれたタイトル。これは想像するだけでよだれが出てきそうな妄想に駆られる。なぜ縦書き?なぜ真ん中じゃない?なぜ?なぜ?この心地よいなぜの余韻。縦書き文字には十分な余白と、物憂げに語ってくる不安定なバランスがよくにあう。横書きの文字は、どこか無粋で、どうしてもシンメトリーでないと落ち着かない。その落ち着かなさが生きる場合もあるが、その逆のひどいものも時々目にする。私自身の「グラフィックデザイン」の根底にあるものは、やはり文字なのだ。いや、文字のように白紙に線で描かれるものに心から惹かれる。そしてそれを基盤にして、すべてのデザインを見ているように思う。重心の感じ方、全体の濃淡のとらえ方。文字を画面に使用するなら、その文字が一番引き立つように場面を構成したいと考える。文字が伝える意図内容を補足できるよう、または協調できるようにそのほかの要素を調整配置したいと考える。文字には直接的に、情報を他者へ伝えることができる力を持っている。しかし、デザインの中でその力を最大限に利用するには、画面上の制限で困難な場合が多い。しかし、デザイン全体として情報を伝えるのであれば、言語情報だけにとどまらず、視覚的な情報を駆使して、意図を伝えることができる。情熱や哀愁、神秘性、直感的。感覚的な情報を伝えるには、言語情報よりもデザインのほうがすぐれている場合が多くある。言語情報では文字を重ねていかなければ、伝えたい情報を十分には伝えられない。また、文字では厳密な情報は伝えやすいが、受け手の想像力を必要とする部分が多い。それに引き替え、グラフィックデザインなどの視覚情報は、受け手の直感に依存する部分は多いが、感覚的な部分を直接的に伝えたうえで、寓意的な情報も意図的に伝えることができる。この相反する手法を合わせることで、より多くの意図的な情報を伝えることができるのではないだろうか。
私の最も好きなグラフィックデザインのジャンルは(ジャンルというべきなのかはよくわからないが)、本の装幀だ。受け手に伝えるべき情報は、本の内容とはっきりとくくられている。その情報を受け手に適切に伝えながら、興味を持ち、その上で、その本の持つ感覚的な情報も伝える必要がある。本という性質上、文字も利用される。タイトルは文字の持つ力を最大限に活用して、その本の情報を伝えるために作家が血涙を流すように絞り出した言葉だ。そのタイトルを生かし、本のすべてを受け手に伝えるためのデザイン。
私自身は、全く印刷やデザインを必要とする職種にいない。先にも述べたかと思うが、医療の突き詰めるものは、患者満足と効率化だ。患者満足というまさにサービス業の部分は当然であるが、国民の血税を医療費という形で利用するため、無駄の削減と業務の効率化は需要な課題である。その中には、芸術的要素ははいりこむ余地はほとんどない。しかし、デザインには人を引き付ける力や、人の興味を感覚的に刺激する力を持っていると私は考えている。高度化する医療の中で、医療従事者は業務に追われて多忙な毎日を送っている。質の高い医療や、安全を確保するために必要な情報共有は、重要な課題である。機械的で無機質な通知文だけで、業務連絡を行うのでは、関心を引かず受け手に伝わらない場合もある。情報戦略という観点からも、受け手に効果的に興味を持たせて、詳細な情報を知りたいと思わせるために、ポスターやホームページなどの場面でデザインの力を活用することは、効果的な方法だと考えている。医療現場という性質上、可能な範囲は限られてくるが、その範囲で、少しでも意図を持ったデザインを活用していきたいと考えている。




「花形装飾活字」

市立豊中病院 医療情報室医療情報グループ
看護師  染谷 裕

私にとって、花形装飾活字とは、という文章を書けばよいのだということは分かっているが、いまだまとまったものがない。それは今回、職場で業務上の通知文を作成するに当たり、ペーパーなどでよく目にする、あの幾何学的でおそらく活字で作成されているあの美しい模様をデザインで使いたい、という思いからインターネットを検索したのが、私と花形装飾活字との出会いだ。そして、この美しい活字がどうしてもほしいと切望し、無謀にもこの文章を書き始めた。私は、市立病院に勤める看護師だ。あるきっかけで現場を離れ、電子カルテなどを扱う情報部門に移ることになり、広報担当者のウェブデザイナーと共にホームページの作成や院内掲示用のポスターを作製するなどの仕事も行っている。家業である看板屋を手伝ううちに、子供のころからIllustratorやPhotoshopなどを触って、デザインの真似事やロゴ作成を行ったりする機会に恵まれた。それのおかげで、活字の美しさや、線の作り出すデザインに興味を持つようになった。そのような今までの経験から、私自身が花形装飾活字について感じることについて書き綴っていきたいと思う。

 花形装飾活字を見て、初めに感じた疑問について、まずは考えてみたい。私はもともと、花形装飾活字というものの存在を知らなかった。今回、初めてインターネットで検索するにあたって、キーワードを入力する必要があった。おそらく装飾活字だろうという目星はあったので、そのキーワードで検索したところ、このサイトに出会うことができた。私はその時点で活字だという認識を持っていたのだが、一般的に活字は現代的に言えばコンピューター上で利用するフォントと同意語であると認識していた。だから、特定のキーボードのボタンをたたけば、それに相応するフォントが表示されるのだろうと考えていた。装飾フォントを利用するのであれば、まさにその通りといえるが、私のイメージの中にある花形装飾活字のデザインはそのようなものではない。では、いったいどのようにして活字としてあのように美しいデザインを構成するのだろうという疑問が生じた。
 しかし、それに対する答えはいたって簡単なものだ。それは、活版印刷の方法について考えればよいだけだ。短絡的に普段使っているコンピュータのワープロソフトをイメージしてしまっている時点で、その疑問は解消しないのだろう。活字と活字の間には必ず隙間があるという印象を拭い去ることができないのだ。しかし、活版印刷の場合、活字と活字に隙間はなく、ぴったりとくっつけて構成することが可能だ。行間すらもなくして、デザインすることも。1つ1つのパーツを並べて組み合わせていく。ぴったりと並べた時に、デザインがずれてしまわないように、線の位置が揃えられている。そして、組み合わせ方で無限の可能性を持っている。ワープロが文字を書く上で主流になってきて、使えないほどの機能を持っているが、活版印刷だから表現できるぴったりと並んだ感じや、小さなずれは再現できない。Illustratorなどのデザインツールを使えば、当然もっと高度なデザインは可能だが、活版印刷のようなアナログ感を作り出すことは難しい。ただ並べていく、ただ繰り返していくことで生まれるデザイン。文字が並んでいるのとは違う、花形装飾活字だからこそ感じさせる潔いデザイン性がある。  では、いったいなぜこんなにも花形装飾活字は美しいのだろう。直線、曲線。時には特定の造形。それらがシンメトリーに、アシンメトリーに並び、画面に流れを作り出す。デザインには、色を付けたりキャラクターを描いたり、多くの手法があるが、それらはすべて、受け手が感じるために用意された画面(平面だけでなく立体も含むのだろう)に、何らかのものを配置して、何らかの意図を伝えるのだろう。活字もタイポグラフィーとしてのデザインの側面を持つ。花形装飾活字は、活字の中でも特に装飾性が高く、まさにデザインといえる。私自身は文字に対して、とても強いデザイン性を感じる。文字は余白と線が作り出す、もっとも洗練されたデザインの1つだと感じる。花形装飾活字は、文字の持つ美しさを継承しつつ、さらに線の持つ流動性を拡張性を最大限に発揮している。
 線には流動性と拡張性があると書いた。線は画面上で緩やかにも俊敏にも動きを変える。曲線から直線、直角、交差。そしてどこまででも続く、広がっていく。線は自由だ。しかし、花形装飾活字には活字という限界がある。画面が続く限り無限に広がることのできる線も、活字という物理的な限界があるのだ。特定のサイズに凝縮された線。無駄なものをそぎ落とし、限りあるスペースの中で美しく見える余白と線のバランス。1つ1つの花形装飾活字を見ているだけでも、限りなく美しい。その美しい1つ1つの活字を並べていくことで、小さな枠に制限されていた線が、それぞれつながってより大きく広がっていく。花形装飾活字を並べることで、凝縮された線が光を放つように輝くようにすら感じられる。
 花形装飾活字の美しさを考えるうえで、もう1つ必要なファクターは、繰り返しだ。花形装飾活字には特定のパーツしかない。画面に線を描くのであれば、まさに思うがままに自由にデザインを紡ぐことができる。しかし、花形装飾活字でのデザインは、事前に設定されたパーツの中で、組み合わせて繰り返して配置することで構成される。逆を言えば、どれほど美しい花形装飾活字でも、1つのパーツのみを見るだけでは、その本来の美しさを語りつくすことはできない。シンメトリーのパーツやアシンメトリーのパーツを組み合わせていくことで、画面上で縦横無尽にデザインを広げていく。そのバランスを整え、画面の流れを滞らせず美しく流れるように調整することで、花形装飾活字の本来の美しさが発揮されるのだろう。
 特殊な形状の花形装飾活字を含め、花形装飾活字は単純なパーツのほうが美しいと感じる。単純なパーツを積み重ねて、全体の線の流れが美しく流れていれば、単純なパーツのほうが美しく見える。複雑に入り組んだものであっても、その流れが滞っていないということが絶対条件となるだろう。古典的な美しさを求めるのならば、シンメトリーに構成するほうが安定して、格式高く感じる。アシンメトリーに構成すれば、不安定で斬新的にも感じられる。同じパーツを使いながら、表現する手法や技術自体は全く大差はないのに、そこから紡ぎだされるデザインは、作成するデザイナーのセンスを克明に表している。古典的でセオリーな配置を踏襲しながらも、そこにデザイナーの斬新な新しい感性をそこに併せ持つことも可能である。古さの中にまさに輝く新しさを感じることができるだろ。
 花形装飾活字の美しさの最後のファクターは、余白にあるのではないだろうか。活字内の余白ではなく、画面全体を占める余白。花形装飾活字だけにとどまらず、活字、タイポグラフィー全体を通してもいえると考えられるが。今までも繰り返し語ってきたが、花形装飾活字の美しさは余白と線の美しさだ。そして、それらの小さなパーツが合わさって作られる作品を、より美しく輝かせるのは余白の力だ。デザインにおいて余白は重要な要素だと学生時代に教わった記憶がある。書き出される色や線の部分だけでなく、画面全体の余白の存在も含めて、全体をデザインとするんだということだった。まさに配置とバランスである。活字の場合、基本的に考えれば、余白となる画面上に、必要な文字情報を配置して、必要な情報を受け手に伝える。活字自体に特定の意味もしくは音があるため、それだけでも特定の情報を伝えることが可能だ。しかし、デザインとしてのタイポグラフィーでは、さらに余白と活字という素材を利用して、活字の持つ意味や音というものだけでなく、視覚的な感覚や感情などの付加情報を加えて受け手に伝える。文字を文字として認識するには余白に識別しうる境界線で、特定で共有された図形を描画する必要がある。それを受け手が、既存の共有認識から文字と認識して意味や音を認識する。タイポグラフィーには、他のデザインとは違う、特有の共有認識が必要ということになる。そして、それを認識するためには、活字部分と余白部分の確実な分離が必要であるといえるだろう。活字の美しさにあるのは、余白と文字の明確で確実な分離と、徹底的な平面だ。たとえそれを立体造形としたとしても、根底にあるのは確実な平面上の描画だ。果てしなく広く真っ白な余白で埋め尽くされた画面の上に、くっきりと黒く滑らかな線で描かれた活字。そしてそれを美しく装飾する花形装飾活字。まさに極限までそぎ取られた機能的な活字の美しさと、耽美で装飾的なペダントリックな花形装飾活字。
 花形装飾活字は美しい。つらつらと持論を並べ連ねたところで、その美しさを語りつくすことはできない。



「印刷とデザイン」

MORE than WORDS 沖直美
グラフィックデザイナー。
主な仕事は、雑誌、CDジャケット、チラシ、書籍、DM、名刺のグラフィックデザイン。
info@morethanwords.jp

 誰でもそうかもしれないが、最初の打ち合わせを特に大事にしている。そこにはきっとクライアントの率直な希望がたくさんある。言葉や文字や写真になっていない何かを感じとることは大事なことである。私はデザイナーなので、打ち合わせを行ったときにクライアントにどのようなものを作りたいかをまずたずねる。そしてその作品がどうなっていってほしいのかをたずねる。最終的な形はさまざまで、その方法は印刷もあれば、自宅のプリンターでよいこともある。印刷物として多くの人の手に渡るよう、世に送り出したい場合や、ある特定の人たちへ向けてのメッセージ性を強くしてさらに金額も安くしたいという場合など。そのコンセプトや最終目的に向けての考え方を聞くことはデザインの方向性やこれからの広がりにつながっていく大事なプロセスだ。デザインをしようと思えばどれだけでも案がでてくる。でもアプローチがたくさんある中で、どの方向性、どの切り口がよいかを提案するのかがデザイナーの醍醐味ともいえる。私はその各ゴールへ向けて考え始める。

 私がまだ修行中で師匠についていたころ、「最終を考えてデザインをしろ」とよく言われていた。私はそのころ「印刷にいれるには画像の解像度が高くないといけないし、アウトラインもかけられないといけないからだろう」くらいにしか思っていなかったが、デザイナー歴が長くなってくると彼のその一言がどれだけ大きな意味を持っていたかがよくわかってきた。技術的なことは大事だし基本として知っておかなければならないけれど、どうやらそれだけではないようだ。それは「最終によって作り方も考え方も変わってくるし、デザインも変わってくる。やれることの幅が広がる。だからデザインのゴールは絶対印刷でなければならないということはない」ということだといまでは理解している。美しさからいえば、印刷が一番だと思っているのでぜひこれをおすすめしたいけれど、その印刷を設定するにもいろいろある。写真の再現性を求めるか、風合いを求めるか、その両方を求めるか、和を求めるか、洋を求めるか、金属的なニュアンスを求めるか、柔らかな質感を求めるかなどで、用紙の選択が変わってくる。手に持った肌触りも違ってくる。用紙の種類だけでなく、厚さでも質感が変わり、伝わるイメージも左右する。だから単に部数が多いから印刷でというわけにはいかない。「印刷とデザイン」は単純そうにみえて、しっかり考えてあげないといけない間柄なのだ。デザインは視覚の要素が大きいけれど、実際は触感もあるし、見た目で音はならないけど、CDジャケットを見ただけでどんな音楽が奏でられているか聴こえてくるくらい感じることもできるし、直接は臭わないけど、匂いを感じるくらい雰囲気のあるデザインというのもあるし、食べたくなるくらいおいしそうなデザインというのもある。五感を刺激するデザインだと、クライアントのコンセプトを少しでも多くの方に届けることができるのではないか。そしてそれを助けてくれる、一緒になって盛り上げてくれる印刷。インクも特色にするか、カラーにするか、モノクロにするか、カラーだけど特色に見えるような仕上がりに刷るか、用紙によっても発色がよかったり、沈んだり、美しいラインで仕上がったり、鈍いラインをあえて選んだり、考えることは多数である。そして、もうひとつ。安いからという理由で選ばれてしまうインクジェットプリンターだが、こちらも安さだけではないメリットもある。最近のインクジェットはきれいになって、印刷では多額の費用がかかりそうなものまでインクの色も備えている。インクジェットだといつでもやり直しが可能だし、納期も気にせず自分のところで何度でも出せる。その気軽さで、同じデザインで色を変えたり、またはデザインを何種類か作ったり、紙を変えたりして、数種類のものを作ったりしても予算内におさまったりするので、遊んだ提案をすることができる。デザインを考えるにあたって「遊べる」ことは大事なことだ。

 私が今回「花型装飾」にお世話になることになったのは五感でいう「聴覚」を感じたからだった。パイプオルガンのオルガニストの方のCDを作ることになり、ご本人にお会いした。ふんわりと何かに包まれているようなきれいな方だった。なんだろう、雰囲気といってしまえば一言だけど、オーラが柔らかくてでも筋は一本ぴりっと通っているような印象を受けた。そして演奏曲を拝聴したわけだが、美しい。。と思った。美しく凛としていて、でも柔らかさがある。彼女の見た目と演奏がぴったりで、ああ、この美しさをデザインで出せたらと思ったのである。前から「花型装飾」のことは知っていて、雑誌の特集になってもいるその本も持っていたので、それを見ながら「ああ、この装飾をCDジャケットに使えたらどんなに美しいものになるだろう」と探し始めた。素材として売られているのかと思っていたけど、売られていなくてがっかりしつつ、それでもしつこく探していたらfengfeeldesignさんを見つけたのだった。この花型装飾のように、繊細で柔らかで美しく凛としていて周りを包み込みながら伸びていくような、ぴったりの演奏が入っているCDジャケットにしたいと思い、使用させて頂いた。ジャケットはプラスチックではなく、厚めの紙ジャケット。立派な厚手の紙ジャケットは特別感を感じさせてくれる。美しいオルガンの画像もきれいに再現されるよう用紙を選択した。グロス加工をして、発色も強度もバッチリ、触った感じもつるっとしていて気持ちがよい。表紙には、オルガンの写真に花型装飾が伸び、CDに録音された美しく伸びゆく音たちが見えるようなイメージでデザインをした。色はオルガニストの方の私のイメージ。凛とした美しさが映える、そしてオルガンの色にも美しく映えるブルーに、落ち着いた黄色の装飾だ。印刷に入れるときには、出力見本をつけるのだが、それに近く出してもらえるよう、印刷会社にお願いをした。印刷は見本次第で色の再現が異なってくるから、慎重にしなければならない。デザイナーのイメージとおりに、印刷を仕上げてもらうには細心の注意が必要である。花型装飾は表紙だけでなく、香りが漂うような何かを感じて頂ければと中面にも使用した。臭覚を刺激することになるだろうか。CDを聴こうとCDを外したトレイ面に花型装飾をあしらった。CDをはずしても、花型装飾があると美しい、嬉しい。見て聴いて大きく息を吸い深呼吸したくなるような清々しい作品はきっと多くの人を癒してくれることだろう。人間が「きれいだなあ」と思うとき、頭の中は活性化され、癒され、元気になるのではないかと思う。そして花型装飾はそれを見事に成し遂げていると思う。このCDジャケットの話がでたとき、もちろんインクジェット印刷ということもできたし、普通のCDにすることもできたが、やはりそこはコンセプトありき。大事な重厚なタイトルとともにいつまでも永久に大事にしていただけるよう特別感のある紙ジャケットになったのだった。

 「印刷とデザイン」はお互いに切磋琢磨する関係がよく似合う。もっともっと!を再現できるゴールデンコンビだと思う。印刷はデザインをいかすことを考えながら、デザインは印刷でいかに表現されるかを考えながら、作品を世に送り出すことができれば、どんなに幸せなことだろう。きっといつまでも大切にしてもらえる作品となるだろう。

 この度、花型装飾に出会えたことはこれからの私のデザイン生活に潤いを与えてくれると思う。花型装飾を用いたデザインをするという意味でも広がりがあるし、なんといっても見ているだけできれいだなあと思えるのだから、私の頭の中は深呼吸をしているのだ。この場を借りて、お礼を申し上げます。fengfeeldesignさんありがとうございました。



装飾することばとたましい

香川文(かがわかざる)
Ornatus. www.kazaru.info
Twitter www.twitter.com/kazaru

「文」と書いて「かざる」とよむ名前をつけてもらった。この名前については、いままで折々に説明せざるを得ない場面があった。はじめてお目にかかる方とのおしゃべりの初回は、たいてい自分の名前のネタでおわってしまうというパターン。名前の由来、珍しさ、珍しさとは逆に、わたし以外にも同じ名前の方の存在を伝え聞いている数名についてなど……。ただ珍しい名前だというだけで、自分が「かけがえのない」人間だということをかなり楽に、もしかしたら安易すぎるくらいに感じさせてくれた。それと同時に、名前については過剰な自意識みたいなものまでも育ててしきてしまったような気もする。自分の人生にかなり大きな影響を与える「名前」に関するいちばん重大な決断、つまり、どんな名前をつけるかということは、生まれる前に、つまり自分の意志が及ぶはずがないときにくだされた。わたしは、自分の名前はもちろん嫌いではない。けれど、そもそも子どもである自分は両親がつくってくれた舞台でしか生きられないものなのだということを、名前について考えることをつうじて、じわじわと感じてこざるを得なかった。よくもわるくも、この名前のおかげで名前の持つ暴力的な部分だったり、誰かに名前を呼ばれるたびに自分の背筋が伸びる力をくれるような、そんな、「名前」が自分と世界の関係をつないてゆく瞬間を、ほかの人よりも強く、体感しながら成長してきたかもしれない。

2009年のおわり、ちょうどいまから1年ほど前のことだ。鶴岡真弓さんの『装飾する魂―日本の文様芸術』という本をぱらぱらとめくっていたとき、オルナトゥス[Ornatus]というラテン語をみつけた。「オーナメント」の語源となっていることばで、装飾という意味。書誌データに登録されているこの本の別タイトルが、Ornatus Japonicusでもあり、装飾をテーマに文明論を展開している鶴岡先生にとっては、とても大切なキーワードであろうことは、想像に難くない。
この単語を発見(!)したのが、独立開業のタイミングと重なっていたこともあり、自営の屋号を届ける際には[Ornatus]そのままを借りることにした。…この名前、領収書をもらうときも、名刺交換の時も、じつに口頭では説明しにくいしろものだ。むしろ、30年来面倒をかけ続けられてきた「文」という名前がいかに説明しやすいものだったかを実感することになった。「『文章の〈文〉』と書いて〈かざる〉と読みます」という、2つの情報があればたいていの場合は伝わる。しかし、[Ornatus]の場合、まず名刺を渡す(スペルを口頭で説明するのは至難のわざだ)。つぎに、この耳慣れないラテン語をまず読み上げる。さらに、装飾という言葉の原語であるということを説明する。必要に応じて、オーナメントという派生語を参考情報として提示してみる。場合によっては、鶴岡さんの本について説明する…。
自分で選んで決めた名前なのにもかかわらず、何の計算もせず、戦略も持たなかったため、非常に面倒だ。装飾という言葉の印象どおり、このままでは、本当にあってもなくてもいい、ただの体裁を整えるためのものになりかねない気もしてくる。ここから先に書くことは仮説だけれど、もしかしたら名前なんて、そんな程度ものなのかもしれない。自分の名前にこれだけこだわって生きてきたところから一回転して、独立してからこの1年のどたばたを振り返ると、とくに屋号というものに関していえば、複数の人が関わって参加する屋号、しかもM&Aにともなう組織の結束とか、社員が拠り所にするアイデンティティとかの問題が発生しないかぎりは、屋号の名前なんて意外とそんなものなのかもしれない。名は体をあらわすとはいうものの、名前を知ることと、その存在について体験し理解することは、本当にほど遠い。さらに屋号をもってそこで仕事をし続けていくとなると、もっと大変なことの連続だと、身をもって経験しながらいまは毎日、働いている。その日々の実務に比べれば、そもそも「名前」じたいが、かざりもののようなものなのかもしれない。自分の存在を示し、認めてもらうサインや看板として一生掲げ続けなくてはならない「呪い」のようで、どちらにせよ逃れられないものだ。でも、それでも同時に、人間であれば、親やそれに相当する存在が子どもへと贈るもの。その子がどんな人生を歩むかが知られる前に付与される名前は、未来にむけて放たれているオーラのような、不確実だけれど、名状しがたい説得力があるなにかとして。名前とは、何にもまさる祝福でもあるのだと思う。

まず花形装飾活字を使ってみたいのは、自分の便箋。できれば一筆箋をつくろうと思う。ひとことでもいい、でも、なにか書かずにはいられない、そういう時に、何行か文章を添えて、大切なひとに贈りたい。つまり、すでに何か文章があり、決まった言葉に添えられたデザインとしての花形装飾活字ではなく、そこに書かれる言葉を待つ装飾活字。その、わきたつような気持ちを表現してくれるかもしれない……。……と、いま考えながらこの文章を綴っていたが、もうすこし冷静に考えると、この花形装飾活字が入ることで、逆にもうすこしピシッと堅い言葉や、礼節や、高潔なものを表現したいのかもしれない。いずれにせよ、自分の力で文章に書けることには限りがあるとわかってきて、ほんのすこしでもその限界を超えてみたいと思いながら仕事ができるようになったいまだからこそ、わたしのいまの感情や、コントロール可能なアタマでこねられた理屈ではないものではない、書き残されるべくどこかで待っている言葉たちの叫びを、引き出してほしいということを、花形装飾活字に期待してみたいのかもしれない。

装飾というのは、わたしにとって、装飾されるもののたましいが持っている根源的な引力みたいなものが、あらわれてしまった、熱気を帯びた湯気みたいなものなのかなと思っている。エンスヘデ花形装飾活字の全てのすがたをはじめてみたときに、いまある文字が、みずからの存在ために発達させてきた物語という言葉のシステムの中で失いつつある「理屈になることがない、存在そのものの力」を、この装飾活字こそが表現しているようにも見えた。それは、わたしが「文」という文字で名前を付けられながら「あや」でも「ふみ」でもなく「かざる」という非論理的な意味を込められてしまったことを体現することに過剰にこだわっている、その作業が、エンスヘデのアトリエとつながっているように錯覚してしまうこの気持ち――何の根拠もない、パーソナルを掘り下げすぎた極限に近づくためのなにかを表現するために、花形装飾活字の姿をかりなければならないような気持ちになっている、それだけのことなのだと思う。

文字を読むこと、書くことの楽しみは、ものごころつく前から味わってきた。父親がモンブランの万年筆で日記を書いている足もとにうずくまって、絵本の文章をクレヨンで横に書き写して、文字を覚えた。文章がかけるようになると、パートをしていた母親との交換日記をしたこともあった。誰かが自分の文章を読んでくれる可能性に味をしめ、自分で書き散らすことに飽き足らなくなると、読者を探した。鏡文字だらけの手紙を、毎日のように幼稚園の先生に届けた。小学生になると、原稿用紙の上で試行錯誤する時間が大好きになった。パソコンを覚えれば、ワープロソフトの上に活字が自分でならべられ、レイアウトできることに熱中した。ほんとうはそこがなにかの岐路だったのかもしれないが、どちらかというと文章を書くことへのこだわりが強かったからか、デザインというものにみずから本格的に手を出そうとは思わずにここまできてしまった。それが、こうしてひとりで仕事をはじめるようになってからは、そうもいかなくなってきたのだ。実際のところ、自分のメッセージを伝えるために必要なビジュアルの予感は文章を書いているときからわりとはっきりと見えているのに、それを形にする手間を避けるために、デザイナーという職能ではないということをいいわけに、文章がどこかへ届くために必要なビジュアルのインタフェースに携わる面倒からは、逃げてきただけのような気もする。花形装飾活字を使ってみたい、と思ったのは、その作業に手をかけるきっかけになりそうだというあてどのない希望みたいなものだ。この図案を見てはじめてうまれかけたアイディアたちを、そろそろ世に出して、花咲かせる手伝いをしてみたい。偶然開いた本が示してくれた[Ornatus]という古い言葉に導かれるように、装飾活字と一緒に、仕事をするのもきっと悪くない。

謝辞
花形装飾活字を知ったのは、同じくこのエンスヘデ活字鋳造所花形装飾活字に文章を寄せている野口尚子さん(印刷の余白lab.)がきっかけでした。また、この文章の最後に書いた、わたしにとってのデザインとは「自分のメッセージを伝えるために必要なビジュアル」であるという考え方は、まだ独立して間もなかった彼女のオフィスで、わたし(=香川)がもし独立したとして、本質的にやりたいことがあるとしたら…という夢を妄想しながら語った、とりとめのない考えに耳を傾けてもらったある深夜のおしゃべりのなかで、はじめて言葉になったコンセプトです。あれから3年、彼女は強力な磁場みたいなものを発しながら、おそらく彼女にしか表現できないつながりを業界の中で(外でも・笑)大切にしながら生きています。こうして独立してみると、そのことに必要なエネルギーが想像していた以上のものであることに気付かされています。おそらく、今回のこの文章は、彼女の仕事や、言葉のはしばしにあらわれる知的活動への敬意と、それを垣間見るきっかけになった文章を彼女が寄せたfeng
feel designによるこのプロジェクトの仕組みそのものへの、ラブレターのようなものだと思っています。ありがとうございます。




私のグラフィックデザインについて [視覚情報デザインとしてのグラフィックデザイン―インターフェイスとしての可能性―]

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東浦 理沙
名古屋市立大学 芸術工学部 デザイン情報学科4年在学
グラフィックデザインを専攻し、主に商業デザインとしてのグラフィックデザインを学ぶも、タイポグラフィや情報デザイン、インターフェイスデザインに興味をもつ
「Futurised City」
http://crystalia.oboroduki.com/
で暁儚(あかつき はくな)により活動中。
twitter
@akatsuki_hakuna
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私のグラフィックデザインについて
[視覚情報デザインとしてのグラフィックデザイン―インターフェイスとしての可能性―]

―序章
「私のグラフィックデザイン」。これまた良題だな、と新・花系装飾活字水草の文章での配布条件を確認させていただいたとき、単純にそう思った。なぜならば、それは自らのなかで議論の終着点を迎えねばならない、終わらせなければならないと考えていたことであったからである。そして更に、このような機会に出逢えたことを嬉しく思い、ささやかで稚拙な文章ではあるが、批判や意見もどしどし受け止めたもうという思いであるので、しばしお付き合いいただきたい。

.私とグラフィックデザインについて
 まず私自身のことから話させていただきたい。私は現在大学の4回生で、グラフィックデザインを専攻している。専攻していると言っても、履歴書に書けるのは「デザイン情報学科」までである。何故かというと、大学で携わることの出来る分野がとてつもなく広く、言ってしまえば広く浅く学ぶという方向性になるからである。何かひとつの分野ばかり専攻しているのではないのである。総合デザイナーを目指すだけあって、分野も、芸術もデザインも工学もすべていっしょくたである。毎年ある前期後期2回の実習も、2回生から分野を選び取り組み、研究室に所属するまで自らの研究分野を特定することなく学ぶことが出来る。こういった大学の環境があるからこそ、急にひとつの分野に学びたい方向を特定することは難しい。私も3回生の研究卒配属の際は随分と迷ったものだ。そこで何故最終的にグラフィックデザインの教授に師事することとなったかというと、私が一番興味を持っていたし、技術的にもやっていけそう、と考えたのがグラフィックデザインであったからである。その頃の私は、「イメージ」としての装飾的な意味合いでしかグラフィックデザインを認識していなかったと思う。しかしこれは後に自らの意識を変えなければならないということにも繋がってくる。

 もう一度重ねて言うと、私はグラフィックデザイン学科でも、はっきりとしたグラフィックデザイン専攻でもない。さらに言えば、所属している大学は美大・芸大ではなく、所属している学部は工学部に近い。これが何を意味しているのかと言うと、そもそもグラフィックデザインに対する基本教育は格段に乏しいと言っていいと思う。なぜならばそれは私が3回生になるまでグラフィックデザインの教授がいらっしゃらなかったこともあるし、大学の教授の方が様々な分野にまたがって研究されていたことも要因のひとつである。つまりグラフィックデザインっぽいことはやっていたと思う。ただしそれは、近年のDTPソフトの発達における技術的な面からのアプローチであって、簡単に言えばソフトを使いこなすことが出来れば、表面上見るに堪えないものは作るのを避けることが出来る、ということである。あくまで「グラフィックデザインっぽいもの」である。私の師事している教授も嘆いておられたが、現在ではコンピューターやソフトウェアの技術の発達のおかげで、誰でも簡単に出来上がりのイメージを得ることが出来るようになった、ということである。これは印刷の問題にも結びつくものであろうが、手書きのアナログで勝負しなければならない時代では、1mmのズレやカーブを直すとすれば、全てはじめから書き直しであった。また、背景の色などを決定する際にも、一旦決定した色を変更するとなれば、自らの手で塗り直しである。そこをコンピューターであれば、1クリックで変更・修正がきき、容易にイメージの吟味が出来る。つまり、これらのテクノロジーによって、デザイナーを志す人々の判断が鈍ってきている、責任を取れなくなってきている、ということである。何が美しいか、何が整頓されているか、何が最も適切か、という判断を、デザイナーが自ら判断出来なくなったとすれば、それはもうデザイナーとは言えない。こういった面からすると、デザイナーというものは上記のような判断をするために、何が優れたものか見極める目を養う、あるいはそういった作業をしていく、という工程をないがしろにして端折ってはならないと思うのである。私自身がコンピュータに触れながら育ち、そういった訓練をしていない立場であるというのは隠し通せない事実であるし、またそれも恥じている。しかし恥じているからこそ、余計に事の重大さを身をもって実感しているのである。デザインは、グラフィックデザインを含め、決して表面的なものではないし、表面的に綺麗事を並べただけでは何も響かない。コンセプトや機能、社会的役割や貢献、また時代性や歴史などさまざまな要素を内包しながら、与えられた問題を解決するための新たなアプローチであり、整理して最も伝えたい部分や機能だけそぎ落とすもの、あるいは作業であって、それは「デザイン」という作業ではないと思う。私の友人曰く「デザインは愛、アートは恋」だそうだが、誰かの為に何かしてあげたい、解決してあげたい、と強く感じた時に、従来のやり方を見つめ直し、より目的に近い形に整え直す過程や結果がデザインであり、「デザイン」をやりたいと言うよりは、デザインというものは後からついてくるものだと思う。結果的にデザインになっているだけであって、本質的にデザインに近いものは世の中にたくさん存在すると思う。自戒も込めて、表面的に飾ることがデザインではなく、世の中にデザインに携わることが出来るものはいっぱいあるよ、と。もし本当にデザインに携わりたいと思うのならば、一切の先入観を捨てて、身の周りに転がっている小さな問題を、自分の視点で解決することからはじめてみることをお勧めする。その際に必要であった現在の状況確認及び問題解決のプロセス、解決の視点、そういったことを日常から考え、なぜそういった解決の手法を取ったのかを見つめ直す習慣と言うか癖をつける。それがデザインという考え方、解決の仕方なのではないかと。大分話が逸れてこのままだと脱線して乗客に迷惑をかけてしまうので、話の論点をグラフィックデザインに戻すことにしたい。

. グラフィックデザインとは何か―−今後の方向性について

 さて、話が「デザイン」とは何か、という話に逸れてしまったので、本題の「グラフィックデザインとは何か」という話に戻らせていただく。ここでは、就職活動を終え、社会人への不安と希望を膨らませているという立場の私が、学生生活のまとめとして、これからどういった方向でグラフィックデザインに関わっていきたいか、グラフィックデザインに学んだ何を応用していくか、ということを中心に話を進めていきたいと思う。

 私のデザインに対する考え方や、今後どう付き合っていきたいかという方針を考え直す機会をいただけたのは、他でもない就職活動であった。先程述べた通り、私が所属していた大学は工学部よりである。コンセプト重視である。もの作りに対して、出来たものでどうこうと言うよりも、出来るまでの情熱、あらゆるシーンを想定しながらの完成までのプロセスを楽しんだもの作りが得意という立ち位置である。立場的に言えば、これも就職活動を通しての感想であるが、制作よりも企画側が多いように思う。学部が“感性だけでなく、人間工学などの人間中心設計からのアプローチ及びデザイナーとエンジニアの橋渡しのような存在”を輩出したいと宣っているだけのことはあり、迷いに迷った結果、やはりこういった立場で卒業していく先輩方を拝見して来たので、私自身も最終的にこのような立場で貢献したいと思うようになるのも自然なかたちではないかと思う。未だ私が、グラフィックデザインとは何かを考えることもなく就職活動を始めた頃、グラフィックデザイナーと名のつくものは片っ端から受けた。印刷会社、広告代理店、出版及びエディトリアル、パッケージ関連会社、等……。つまり、「グラフィックデザインっぽいもの」をやってきたせいで、産業的社会的にグラフィックデザイナーが必要とされているところ、を探してしまったのである。無理もないと思う。実習ではグラフィックデザインと言えば広告以外にピクトグラムやタイポグラフィも少しかじったけれど、残る影響先は巷に出回るポスターなどの広告物、雑誌、ロゴなどの、いわゆる商業デザインが大半を占めていた。特にアナログでの1mmの致命的さを実感したことのない私は、グラフィックデザイン=印刷デザイン、表面的な装飾、イメージ作りという観念がはびこってしまったのである。実際フォトショップやイラストレーターなどのDTPソフトでイメージを作り上げることはこのうえなく楽しいし、本業にしたいともずっと考えてきた。しかし、ここで疑問にしたいのは、このように考えて作られた広告などが、本当に人の役に立っているのだろうか、ということである。すべて一過性のものであって、見たら終わり、であり、何の機能もナビゲートも持ち合わせていないのではないか、という危惧が私のなかに芽生えて来たのである。もちろん広告戦略にコンセプトイメージは欠かせないし、実際消費者としての立場からすれば、そういった商業的なグラフィックデザインも必要である。だがしかし本質ではないと思う。本来グラフィックデザインというのは、人間が情報として多くのものを得る視覚情報という観点からのファーストコンタクトであり、そこでどれだけ人をナビゲート出来るか、ということだと思うのである。そういった点からすると、サインやロゴ、タイポグラフィなどは比較的商業デザインのなかでもグラフィックデザインの本質に近いとも言える。

 未だ私のなかでもはっきりとした位置づけは出来ておらず、自らの判断で壁を作ってしまった上での議論であることは重ねてお詫び申し上げたい。だがしかし、ポスターにせよ何にせよ、必要な情報が優先であり、伝えたい順に視線誘導をさせることが可能であり、付随的なイメージは必要でないばかりでなく、本来伝えたい要素を阻害してしまう、ということである。伝えたい結果に差異が生じてしまう。もっと言うなれば、デザインとは自らの存在を消すものであるべきなのではなかろうか。デザイナーの方もよく言われていることであるとは思うが、万人に共通に情報を伝達しなければならない際に、ひとつの固定した捉え方からのアプローチは避けねばならない。ユニバーサルに伝えなければならないのである。何ひとつ知識を持ち合わせていないユーザーにも、視覚情報ですぐに理解出来るようにナビゲートする、これがグラフィックデザインの本質ではなかろうか。それと同時に、グラフィックデザインはある解決に対してその問題が起こった歴史や時代性、時代背景等様々なものを内包し、それを凝縮して伝えなければならないのである。

 そこで私がグラフィックデザインの本質に近いものとして興味を持ったもののひとつにエディトリアルデザインがある。タイポグラフィとも呼ぶべきものであるが、エディトリアルデザインは、特に伝えたい情報を選別しユーザーをナビゲートする役割を担っていると思う。コンテンツは、写真等もあるけれども基本は文字情報である。この文字情報をいかに読みやすく読ませるか、また読みたいと思わせる言葉にするか、読んで欲しい順にナビゲートするかは設計者の手にかかっていると思う。そこから、紙面の構造設計という観点でスイスのグリッドシステムやら、ヤン・チヒョルトやら、エミール・ルーダー、そして花系装飾活字という具合に先人達の知恵を拝見してきた。この紙面の構造設計に命を懸ける先人達の試行錯誤のなかに、まさにグラフィックデザインの本質が垣間見えたような気がしたのである。
 しかしここで私がグラフィックデザインを将来的に発展させたい分野はエディトリアルデザインではない。もっと言うと、印刷や商業の分野ではない、と言った方が正しいかもしれない。もちろん、ブランディングや広告、パッケージ等のグラフィックデザインに携わることも否定しないし、重ねがさねこれは私の一意見である。であるが、私はグラフィックデザインに「機能」を求めていきたいのである。この考え方に基づくのならば、印刷は阪口様や印刷の余白Lab.の野口様の仰られていたように、技術からのアプローチ、すなわちひとつのプロダクトとしてのアプローチであるならば、紙質やインクの感触など、そこに機能を求めることも出来ると思う。だが、私が携わりたいのは印刷ではなく、「インターフェイス」としてのグラフィックデザインである。

.インターフェイス、そして情報デザインとしてのグラフィックデザイン
 「インターフェイス」としてのグラフィックデザイン。それはグラフィックユーザーインターフェイスであり、何らかの機能を持ったシステムや機器の機能を視覚や触覚によってナビゲートするものである。単に見せて終わりの一方的なグラフィックデザインではなく、よりインタラクティブなグラフィックデザインの在り方、情報を伝える相手とのやり取りが出来るようなグラフィックデザインの方向性というものにこれから命を懸けていきたいと思うのである。そこには過剰な装飾は必要ない。より正確にナビゲートすることが目的である。けれどそれって、本当はグラフィックデザインという観点から私が一番やりたかったことじゃないだろうか。

 突拍子もなくインターフェイスという考え方にいった訳ではない。グラフィックデザイン、ヴィジュアルデザインの未来を考えた時に、参考にさせていただいた資料などから見ても、グラフィックデザインが扱われる媒体が、単に紙媒体だけではなくなってきている、ということである。デジタルサイネージなどの液晶だってある。紙という選択肢をとっぱらってしまった時に、ディスプレイという観点からすると、画面の素材も大きさも関わり方も多様になってきているのである。「ヴィジュアルがあればグラフィックデザインがある」のである。ウェブで言えば、私たちが関わる紙の多様さと同じくらい、今後はブラウザも多様になる。その画面が紙媒体ではなく電磁媒体に増えることで共通するのは、インタラクティブ性が必要であること、渡して終わり、の画面(ディスプレイ)ではなくなるということである。必ず見る人=使う人であり、そこには操作性や人間中心設計等の問題が関わってくる。また、私たちには「10〜20インチ」で人と同じように仕事をするのではなく、1インチか72 インチの世界で勝負していかなければならない、という問題もある。それだけ、ヴィジュアルが関わらなければならない画面が素材・大きさ共に多様になってきており、72インチのコンピューターで上の方にあるメニューボタンが果たして見やすいのかどうかという問題等、画面の大きさとそれを見る、あるいは使う人との関係性を考慮した上でのヴィジュアルデザイン、視覚情報デザイン、これぞまさしくグラフィックデザインの腕の見せ所ではないだろうか。ただし、こういった機器のインターファイスデザインには、認知心理学やユーザー心理、人間工学などの知識や実証ももちろん必要である。しかし、工学的、理論的な実装だけではなく、そこに人とのコミュニケーション、ソフトウェアと人の対話を生み出す感性工学的なエッセンスがあって、そこからその分野に入ってみても良いのではないだろうかと思うのである。

 話はグラフィックユーザーインターフェースだけでなく、ウェブにも当てはまると思う。ウェブに関してはインターネットが活発に利用されるようになった頃から触れてはいたが、やはり近年の技術の進歩は目覚ましく、Flashなどの普及によりインタラクティブなサイトも珍しくないまでに至った。だが、どこまででもとめどなく情報をのせることが出来る莫大なメディアの為に、もはや収集がつかず、何の為のウェブサイトなのか、ユーザーに何を求めているのかわからないサイトも多数存在する。ウェブサイトの目的も、ユーザーに必要な情報を選りすぐってナビゲートすることである。最近ではIA(インフォメーションアーキテクチャー)やUX(ユーザーエクスペリエンス)など、ユーザーに何を体験させるか、そのサイトに訪れるユーザーにどう行動してもらうか、それをユーザーに合わせてナビゲートするという考え方に重きが置かれている。ユーザーの検索行動やペルソナ手法など、ユーザーのことを考えた情報デザインと言う訳である。なるほど、このような考え方を聞いてはじめて、ウェブという莫大な存在のなかに一縷の光を見いだしたかというか、ウェブサイトの果たすべき役割というようなものが見えて、また、そこにグラフィックデザインの使命のようなものも同時に感じられたのである。ウェブサイトは電子機器等のグラフィックユーザーインターフェイス等とも違って、画面設計の自由度は比較的高いと思う。そうであるからこそ、「ウェブデザインの95%はタイポグラフィ」という、賛否両論ではあるがINFORMATION ARCHITECTS INC.の方が仰っていたことも、私はわりとすんなりと受け入れられたのである。これは私がどうにかウェブデザインとグラフィックデザインの共通点、果てはグラフィックデザインとインターフェイスデザインを結びつけるべく苦肉の策で結びつけた事象かもしれないけれど、「あぁ私の方向性は間違っていなかったんだ」と確信した事象なのである。ここで、私が重ねて確認しておきたいのは、グラフィックデザイン=イメージのデザインではない、と考えていることである。私の考えるグラフィックデザインとはデータを情報に変える、人々に有用な情報に変える為に行う作業であり、方法であり、情報が文字情報のみだとしても十分通用すると思うのである。情報を視覚的に変換し提供することが大事なのであって、そこにはタイポグラフィと同義なのだけれど、その変換役の鍵を握る設計がグラフィックデザインなのではないだろうか。この場合、視覚デザインというよりもほとんど情報デザイン及び視覚情報デザインと同義である。それは認めよう。少し視覚デザインという本来グラフィックデザインと同義の立場からの話を省いていたが、視覚デザインと言えど伝えたい情報を視覚表現によってナビゲートするのであるからして、ただの過剰な装飾を、イメージを、私は視覚デザインと言うのではないと思うのだ。情報デザインにしたって、情報を通達するのは、触覚や聴覚など、視覚以外にももちろんある。しかし人間が一番多く情報を取り入れる視覚情報をないがしろにして、他に何を優先すべきか。支離滅裂になりかけてしまっているのでそろそろまとめとしたい。

―終章
 長々とお付き合いいただいたが、要はグラフィックデザインがとても大好きである、ということである。尊敬してやまないし、これさえあれば生きていけるといっても過言ではない。ただ、広告としての、印刷物としての、商業デザインとしての、ただの「イメージ」としてのグラフィックデザインが光を浴び、全体像として認識されるのは少し違うのではないかと思うのだ。グラフィックデザインにも人と対話して欲しい。見る人、使う人と対話して欲しい。機能や役割を果たして欲しい。そんなグラフィックデザインの価値向上、市場向上への願いを込めてなんとかここまで辿り着いた。論点が前後左右し、とても読めた文章ではなかったことをここに深くお詫び申し上げたい。稚拙な考えではあるけれども、何かひっかかっていただけたら本望である。批判でももちろん構わない。来春から私はWebデザイナーとして社会人をスタートさせることになろうが、グラフィックデザイン、視覚情報デザインの観点から、より使いやすい画面設計を心がけ、今後も精進していきたい。

参考文献
世界グラフィックデザイン会議・名古屋 全記録「VISUALOGUE:the book」宣伝会議 2006年
IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計
長谷川 敦士/著 株式会社ビー・エヌ・エヌ新社 2009年
インターネット参考文献
「ウェブデザインの95%はタイポグラフィ」
http://informationarchitects.jp/ja/the-web-is-all-about-typography-period/




花形装飾活字

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石川 加奈子
桑沢デザイン研究所3年在学
浅葉克己ゼミに所属し、タイポグラフィを中心にデザインを学ぶ。
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 花形装飾活字とは、西洋の活版印刷で伝統的に使われてきた、花や模様の形をした活字を指す。正直にいえば、これまでに見覚えのあったそれらの装飾を、花形装飾活字と呼ぶことを最近まで知らなかった。唐草模様のような、ロマンチックな、そして古典的な装飾としてしか認識していなかった。自らデザインを考える中でも、模様としての意識はあっても、それを今度は活字だという認識が欠落していた。そうか、あれは活字だったのか、と今回初めて思った。印刷の歴史を遡って考えてみれば自明の理でもあり、恥ずかしい限りである。

 この花形装飾活字を、誰が、いつ、どのような形で作ったのかということは、いまだ解明されていない。活版印刷より前の書物の装飾方法は、手書きによる彩飾であった。そこから、文字部分を印刷した後、空白にあけられた装飾部分に手彩飾師が装飾を施すようになり、更には、金属で作られた文字活字と木版に彫られた装飾模様が一緒に印刷されるようになる。時は15世紀後半であった。1476年にヴェネツィアのエアハルト・ラートドルトによって印刷された『暦』の第三版で、木版印刷によって装飾されたタイトルページが現れる。続いて1478年、ヴェネツィアから西に100kmほど離れたヴェローナで、枢機卿ドメニコ・カプラニカが著した『往生術(Arte de ben morrie)』。これにはじめて金属活字版用に鋳造された花形装飾活字が、書物の印刷に用いられている。このとき、装飾は単独で用いられるものであった。これが更に進化し、並べることによりパターン構成が可能なユニット式の装飾活字が、1550年頃ヴェネツィアの印刷者ガブリエル・ジョリートによって用いられたという。ユニット式になることで、組み合わせ方により文様のバリエーションを無限に作ることが出来るようになる。当時のヴェネツィアは、水の都として東西交易の要所であった。そのため古くからイスラム文化が流入していたこの都市が、活版印刷術と装飾との交わりの原点となったのである。ここから花形装飾活字は、ヨーロッパ主要出版都市へと伝播し、書物を華麗に彩りはじめた。
 そしてこれが日本に伝わるのは、時を経て明治期になる。活版印刷とともに導入され、書物の装幀や扉ページで盛んに用いられた。ヴィクトリア朝の花形装飾活字は、日本の新しい時代を切り開こうとする書物の表紙やタイトルページ、広告に多用されていた。特に、明治時代の東京築地活版製造所をはじめとする活字製造会社や、活字版印刷所の活字書体見本帳では、文字活字以上にページがさかれ、花形装飾活字や装飾罫が掲載されていたのだという。

 しかし現代の日本において、花形装飾を目にする機会はあまりない。それは主に古本になってしまって、新しい印刷物の中にそれを見つけるのは難しい。それはなぜなのだろうか。あくまで私の印象にすぎないが、今のデザインは、まずシンプルであること、そしてオリジナリティのあるデザインであることが重視されていると思う。そしてデザインソフトの普及によりデザインの垣根が低くなっていることもあり、過去を踏襲しない、自由もしくは秩序のないデザインが増えている。そういったものに慣れている目で花形装飾活字を見ると、その曲線の造形の美しさと、それを組んだ時に見られる秩序に目を奪われる。きちっとしている、襟を正されるような心地がするのだ。そしてそれが心地よい。それは私が意識していなかった、活字であったところから来ているのだろうと思う。もともと文字とともに使うためにあって、そのために方形におさめることを意識した形なのだ。
 花形装飾活字の魅力は、本来的に活字であることの多目的な性質を有し、「テクスト読解を妨げることなく紙面に優美さや品格をもたらすタイポグラフィカルな修辞法として成立している」(アイデア325号P.006)ことにある。そして、「機械的な情報伝達効率だけを追求するのではない、人間中心的な文化も尊重した」(同)ゆえに、20世紀初頭にスタンリー・モリスンらにより復活が成ったということにも魅力を感じる。同時期に、建築家アドルフ・ロースによって表明された「すべての装飾は罪悪(犯罪)である」という見解や、無装飾に代表される近代デザインの思想が色濃く引き継がれている今、「機械的な情報伝達効率だけを追求するのではない、人間中心的な文化も尊重」することをもう一度考えてみたいと思うのだ。

 調べていく中で私が面白いと思ったことは、印刷において花形装飾があまり意識されずにいた、という点だ。
 「天飾り、口絵、章末装飾カットに使われる花形装飾は、それらを構想して組み上げることに取られるかなりの手間と時間を考えると、これから先、英国、フランス、ドイツでも長くは用いられないだろう。使用する余地がないならば、その魅力を実際に作例によって示せる人がほとんどいなくなり、いずれ使われなくなることは道理であろう」(アイデア325号P.085)
というように、1771年にラッコンベの『印刷史』に述べられており、花形装飾は当時から歴史的な意義を見られることがなかったらしい。しかし歴史的な意義がない理由を述べたこれを現在に当てはめると、とても可能性のあるものに思える。構想にかかる時間は変わらないから省くとして、DTPにより組み上げる作業にかかる時間は短縮されているだろう。あとは魅力を作例によって示すことができれば、花形装飾は再生されるということになる。

 いま私が関心を持っていることの一つに、文字の語源がある。花形装飾活字で言えば、プリンターズ・フラワーという呼び名もある。その意味は、印刷工の花。さらには、プリンターズ・オーナメント、フローラン(仏語の花を意味するフルールからの派生語・小花形装飾の意)、ヴィニェット・ド・フォント(仏語で鋳込まれた小さいブドウ唐草の意)、レスライン(独語で小さなバラの花の意)などとも呼ばれる。花形といっても、花という総称であったり、ブドウやバラと表現したり、少しずつ異なっていることが興味深い。また素直に、印刷工の花であったということを微笑ましく思う。
 ここでブドウやバラがでてくるのは、象徴的活字としての花形装飾活字があるからだ。花形装飾活字を大きく分けると、自然形態を具象的に模したものと、それを抽象化して様式化したものの二種類になる。また、装飾に意味や原義をもたせた象徴的装飾と、造形美を基準として形づくられた美学的装飾にも分けられる。象徴的装飾は、アカンサス、バラ、棕櫚、百合、ブドウの葉と蔓、クローバー、柏、樅、柊などの植物から得られた形象が代表的で、これらは、生命、信仰、豊穣、慈愛など、古代信仰やキリスト教の教義と切り離すことのできない原義をもつ。
 だがこれはあくまで原義の話で、日本で一般的に唐草模様と総称されるアラベスクは、意味を失ったことで普及した。ブドウ唐草や花唐草などをあらわしたつる草模様は、欧米ではアラベスク(アラビア風のつる草模様)と呼ばれて、古くから生命の象徴として尊ばれた。アラベスクは、古代エジプトから、ペルシア、インド、中国とシルクロードを経由して東方へと伝播していく地理的な道程と、ギリシャ、ローマ、ビザンティン、ロマネスク、ゴシックなど西洋の歴史を経ていく時間的な道程の両方を経ていた。そしてその長い旅路のあいだに、次第に象徴としてのアラベスクの原義は薄れていったため、アラベスクはとても使い勝手のよい装飾となったのだという。意味を失ったアラベスクは、活字書体のように言語、民族、宗教、時代性などの影響をもはや受けることはなかった。そして西洋と東洋の折衷形態として、あるいは植物形態としての具象化と、装飾模様としての抽象化双方を併せ持つ造形として、今に継がれている。

 色々書いたが、単純に花形装飾活字を使ってみたい、という思いでここまで述べた。くるんくるんと植物的で流動的で、美しい。せっかく現代で、せっかくパソコンというツールがあって、花形装飾活字というお宝と出会ったのだから、規則的に整然と並べたり、組み合わせの妙を探したり、回転したり重ねてみたり、とりあえず愛でてみたいのだ。もちろん金属活字でも、いつか組む機会に恵まれたらと思う。どんな文章と、どのような組み合わせであわせたら美しいのか。アルファベットもしくは日本語との組み合わせしか見たことがないが、他の文字と組み合わされたらどうなるのだろうか。アラベスクの由来からいけば、さぞアラビア語との親和性は高いだろう。乱暴なようだが、ただ組んでみたいのだ。さながら好きになった人の経歴を知るように、それがどこからきたのかを探して、それを使ってみたい理由を言葉にするなら何になるだろう、とひねり出した3500字だった。まだ出会って間もなく、まだまだ知らないことばかりで稚拙なレポートであることはお許し願いたい。


参考文献/
アイデア「花形装飾の博物誌」誠文堂新光社 2007年11月号
欧文書体百花事典 組版工学研究会編 朗文堂 2003年



『ものづくりとしての印刷再考』

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[野口尚コ(NOGBo2X)]
武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。DTP・誌面デザイン会社の総務をしながら、個人で特殊印刷を使った作品制作を開始。 2009年1月に会社を離れ、素材・印刷からデザインまでの提案を行う[印刷の余白Lab.]を開始。最近は小型活版印刷機を導入して色々実験中。
http://yohaku.biz/
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Theme「印刷とデザイン」
『ものづくりとしての印刷再考』

<版の喪失>
序文を兼ねて、ありきたりではあるけれど近年の印刷の話から。 この十数年ほどで、印刷とデザインの間に起こったことは「版」の喪失だった。もちろん、今でも版は存在しているのだけれど、多くの若いデザイナーの意識の中からそれは薄らいでしまってしまったように思う。 DTPによって『印刷されるべきイメージ』を手に入れてしまったために。 誌面のデザインについて言えば、 DTP以前の印刷は活版印刷や写真植字という方法が用いられてきた。これらはデザイナーのイメージを版下・製版の専門家と協力して版に落とし込まないことには、どんな刷り上がりになるか分からない方法だったため、デザイナーはイメージ通りの版ができているかを常に確認する必要があった。現在では、デザイナーがデスクトップで作成したデータそのままに版を作成し、印刷ができるようになっている。それはデザインから製版までの作業が、場合によっては一人で完結してしまうことにもなる。 もちろん、私自身が版を意識せずとも印刷物のデザインが成り立ってしまう世代の人間だし、懐古的に批判するつもりもない。むしろDTPのおかげで、版を組む職能がなくともクオリティの高い印刷ができるようになったのだから十分に凄いことだ。データさえきちんとつくれれば、誰でも入稿できる。印刷という産業から見れば(技術革新の痛みは伴っても)市場が大きく広がったと言える。はずなのだ、本当は。 いきおい市場の話になってしまったけれど、少し話を戻そう。まず、印刷物のデザインが刷りものという物質から、視覚デザインに変化してきたことを確認したうえで、「物質としての刷りもの」について考えてみたい。その紙に「何が刷られているか」ではなく、その目の前のものが一体何なのか。

<物質としての刷りもの>
私がモノとしての印刷をはっきりと意識するようになったのは、特殊印刷に関わるようになってからだ。それまでも、DTP・誌面デザイン会社の運営部門にいたのもあり印刷は身近なものだったけれど、刷り上がりや色の見た目の確認はしてもモノとして意識することは少なかった。 ひょんなことから、会社の新しいウリを開拓しようという名目で(実際は、ものづくりとかけ離れた現場を脱したかったのだが)特殊印刷に強い印刷会社を探し始め、特殊印刷の知識を収集しはじめた。いま様々なデザイン誌でも取り上げられているように、特殊印刷の面白さはモノとしての質感にあるし、私自身もその面白さをどうやって生かすかを日々考えるようになった。 なかでも強く印象に残っているのが、懇意にしてくださっている印刷所を取材させていただいた折、箔押しの職人が「箔押しで大事なのは『熱・厚・時間』」だと仰ったことだ。デスクトップでいかに頭をひねって完成させた気でいても、目の前の印刷物は確かに、ディスプレイの光ではなく3馬力のマシンで 130℃、0コンマ5秒かけることで生み出されている。そんな当然のことが衝撃でもあった。通常のオフセットだってもちろん考え方は同じで、化学反応と圧と時間でできている。その元には金属や樹脂などの版があり、インキや顔料が紙に定着されるプロセスを経る。 誌面のデザインが Editorial と呼ばれ、視覚表現が Graphic と呼ばれ「表面をデザインする」ことに名前がつき、それがデスクトップで行えるようになった。しかしながら印刷物そのものは平面と Industrial の狭間にある。その視覚と物質の境目を繋いでいた「版」の在り方も変化してしまった。 2Dのイメージがモノになるとき。そのギャップを埋めるのは、デザイナーの想像力にかかっている。

<コンテンツの物質化と贈与>
次に、モノとしての印刷物と、「印刷されるもの」との関わりを考えてみる。コンテンツを、モノにする、それも複製を前提としたモノにすること。 DMを印刷する。木版を彫って瓦版を刷る。聖書が活字で印刷され本になる。それらは、バラまくことも、預けることも、保管することもできる。何にせよコンテンツをモノして分け与えることができる。 モノを介さないコンテンツの伝達として、口伝であったりwebであったり方法は色々あるけれども、それらは「情報」のため伝わった途端に姿を消してしまう。逆に手書きの原稿や絵画など「オリジナル」しか存在しないモノの場合は、与ることはできても共有できない。印刷の場合、コンテンツを贈与しながら共有することになる。さらに同じ印刷物でありながら、それぞれが違う扱われ方をし、違う歴史をその身に刻んでいく。 ごく簡単なところに帰ってこれば、印刷物の制作は基本的に「渡すこと」を前提にしている。コンテンツという形なきものを、紙というフレームに収め、渡すこと。その価値は、コンテンツだけでなく相応の「手間と美しさ」があることもポイントになる。 web上で見る小説と、文庫本の小説と、活字を組んで印刷された小説では、コンテンツは同じでも受取る側にとっての価値が違ってくる。身近なところなら名刺や季節の挨拶など、何気なくやり取りされているものを Gift にすることもできる。 デザインは、それぞれのコンテンツに合わせたメディアを考え、それぞれのメディアに合わせた価値をつくりだすものなのだと思う。そのため印刷では、表面のみでなくモノとして捉える視点がやはり大事なのだ。 にもかかわらず印刷のデザインが視覚で語られることが多いのは、 DTPの影響だけでなく、広告としてポスターや中吊りなど「見せるだけの印刷物」が増えたのも関係しているように思う(これらは必ずしも印刷である必要はない。液晶だって良いのだ)。見せる効果のノウハウが広く学ばれるようになり、視覚デザイン=印刷のデザインのようになってきてしまった。それはひとつの表現で、印刷の使い方ではないことに注意したい。印刷は技術であり、技術は使い方次第で多様な表現を可能にするものだから。 話が仰々しくなってしまったけれど、ここまでの断片を一度まとめてみる。

・印刷のデザインは、DTPによって専門職でなくとも扱えるものになった。
・しかしデータ上のデザインと印刷工程にはギャップが生じている。
・印刷はあくまでものづくりの技術である。
・印刷物はコンテンツにカタチを与え、渡せるメディアである。

で、そこから私が伝えたいことは何かというと「もっと技術を使ったものづくりの側から、印刷に入ってみてもいいんじゃないか」ってことなのだ。(かなり飛躍……)グラフィックがどうとか文字組がどうとか確かに大事なんだけど、それは印刷物を追求していけば必然的にぶつかる問題で、必要ならできる人間がナビゲートしてあげれば良い。まず誰もがものづくりを楽しむところから印刷の世界に入ってみたっていいんじゃないかと思う。それに、改めてモノとして印刷物を見たとき、そこから新しいデザインが生まれるかもしれない。 そして、印刷の面白さという意味では、特殊印刷は多様で奥が深く、原理はむしろシンプルなものが多い。やってみないとわからないし、できるならやってみたいと思っている人は多いはず。その機会をいかにデザインしたらいいだろうか。

<個人という市場>
始めに述べたように、技術的には個人でも簡単に印刷の入稿ができるようになった。私は(特に特殊印刷の市場として)デザイナーのプライベートワークや、それこそデザインに関わりのない一般の方が印刷物をつくっていくことに可能性を感じている。 けれど、印刷物を個人で依頼するにはまだまだハードルがある。

・事例が少ないこと。
・発注のルートが分かりにくいこと。
・印刷所とのコミュニケーションが難しいこと。
・デザインと印刷がセットで依頼しづらいこと。
などなど……

まず、実際に見て触れたものでないと「やってみよう」とはならないのが当然で、「印刷をこんなふうに使っています」と送り届ける人が必要だと思っている。有名なデザイナーが扱っているからといって、自分もやろうとはそうそう思わないはず。印刷の面白さを発信する個人が増えないと、浸透していくのは難しい。 そして、自分でも印刷をしてみたいと思ったとして、そこには大きなハードルがある。どこに、どうやって頼んだら良いか分からないということだ。情報を集めるのに、まずwebで検索することが多いと思う。しかし印刷はもともとアナログ仕事な業界でもあるし、今でも良い加工をなさるのはお年をめされた熟練の職人たちだ。情報公開を積極的にしているところはごく限られている。しかも、印刷所がいかに素晴らしい仕事をしても、それはデザイナーや出版社の仕事であり印刷所の名前が知られることは少ない。 また、印刷業界というのは、出版社の仕事を引き受けるような大手の印刷所を除き、ほとんどがそれぞれの得意分野を持ちながら分業している(大手だって難しい加工は、得意な中小の印刷所に任せることも多い)。頼んだ加工が得意なところと、そうでないところでは仕上がりに大きく差が出るし、下請けに出てしまってコストや納期が大きくかかることもある。自分のやってみたい加工を扱っている印刷所を調べるのも一苦労なのに、何社も比較検討するような手間はかけていられないだろう。 さらに、印刷所の側でも業界外との仕事には慣れてないこともあるため、上手くコミュニケーションをとるのが難しい場合もある。「予算がこのくらいで、ちょっと面白いことをしてみたいんだけど、どんなことができるの?」という相談を受けてくれるような、開かれた窓口が少ないのが実状だ。 それとも関わってくる問題で、デザインから頼みたいという場合に、印刷に詳しいデザイナーはそれほど多くない。先にも触れたように、グラフィックなどを手掛けるデサイナーと印刷は分業が進んでしまい、紙や印刷方法から提案することのできる(その機会が与えられる)デザイナーは限られている。印刷所の中にデザイン部署がある場合もあるが、やはりこだわったデザインがしたいとなると難しい。 ……と、夢が遠のくような話をしてしまったけれど、これらは私が「紙や印刷方法から相談を受け、印刷所の手配も含めてデザイン提案をする」窓口になろうと決意した理由なのである。私自身、まだまだ奥の深い印刷の入口に立ったところだけれども「印刷所に相談が投げられる人」が間に入って、上のような問題を緩和していくことで印刷業界の入口を広げていけるのではと思っている。 そして、長くなってきたので最後に私の夢をひとつ語らせてもらうと「印刷をくらしのなかのレクリエーションのひとつにしたい」のだ。記念日に美味しいディナーを食べに行く、年に一度は海外旅行へ行くようなノリで、日々のちょっとしたイベントのひとつに「印刷」という選択肢を取り入れてみたい。 そのための方法はまだまだこれから考えなければいけないけど、この文章を最後まで読んでくれるような人が居たとすれば、希望はあるんじゃないだろうか。これから自分が活動していく中で、様々な「印刷の在り方のデザイン」を考えている人が見つかることを願っている。

(2008.10.26 野口尚コ)









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