花形装飾活字を愛でる その95


日本語はやっぱりカッコイイ。 漢字は中国のもんだけど、 それをアレンジして仮名やら意味を変えて遊んだ感が素晴らしいです。 うーん、花形装飾活字と日本語ってどうなんだろうってずっと考えています。 どうにもやっぱり同じように使う訳にはいかなくって、 今日の画像も凄く時間がかかりました。 いいんだけどね同じように使っても。 なんか日本語の持つ魅力みたいなのが押さえつけられた感じがして、 趣向の問題ですがイヤだという感想です。 個人的には英語より漢語より日本語が一番、字としての質は高いと思います。 何故なら遊んでいるからです。 遊びで発展したからです。 その楽しんで遊んだ感じが伝わってくるからです。 利便性や歴史的背景で言えば劣ります。 遊びすぎて其処をどうにも考えていなかったのかなあ。 デザインする時。 日本語は英語よりカッコイイと思います。 カッコよすぎて誰もウマク使えてないように思います。 デザインを始めた頃、 圧倒的に英語の方が好きでした。 すぐにカッコヨク作れたし、 ポスターとかも使ってる事が多かったから、 すぐにイメージが作れたんですよね。 日本語はそうじゃなかった。 英語と同じように考えたら絶対に無理だったのです。 とかのいろいろあっての話はいいとして、 日本語は日本語の時点で、 形式とかじゃなくって、 それを伝える言葉によって、 その世界が変わるので一定のイメージで構築は、 英語の場合と違って難しいと思いました。 (日本語は1文字ずつで意味があって、英語は塊で意味があるみたいな) だからかな、 日本の花形装飾活字は、 装飾として扱われる場合が多いのではないかなあ。 とまあ、 それでもこれについては、 使い方次第で使えると思いました。 ただ、 形式的な感じでやると明治維新的なノスタルジーになるので、 そういう趣向やったらありなんですけど、 現代のデザインにはやや抵抗はあるのかなあ、 どうなんだろうかなあ。 あ、そうか印刷という視点では全然使えると思いますが もしデザイン、タイポグラフィとか意識し始めると、 形式的には難しいように感じました。 情報の量を紙面の中で制限したり、 花形装飾活字ように空けてやればなかなかな感じやったんですが、 それやとやはり装飾になってしまい、 本来の目的が達成されないようです。 まだまだやり方はあると思いますが、 四隅で囲むのではなくて、 一角だけとか2隅に渡ってとか、 控えめな感じでいけばいいかと。 やはり英語をイメージとしてフォローする側面を持つ花形装飾活字の中で、 イメージとしての役割が強い日本語との関係がウマクいかないみたいです。 1つ。 希望的なものを言えば、 その形式です。 形式を意識した時にどうしてもやっぱり表彰状のようになるので、 「添える」という意識で、 対価として同じくらい強いものにするんでなくて、 そのバランスを情報に委ねるのか、 花形装飾活字に委ねるのかを一旦決めてから、 組み始めると、 いい具合にいくように思います。



花形装飾活字を愛でる その94

やっとこさ本題です。 と言っても書きたい事は脇道に逸れた時に書きまくってしまいましたが、 ようするに花形装飾活字においてその曲線の美しさは、 単に美意識によるものではなくて、 タイポグラフィにおいての裏づけのある配慮された美しさなのです。 とくに技術的な問題も含めて活版は直線的です。 花形装飾活字を罫線の延長線上と考えるなら、 なおさら直線には意識しなければならないし、 その役目も果たさないといけません。 美術的にも価値を高めるべきです。 重要なのは、 美術家でなくても使えるという前提で構築されているという点です。 曲線は美の究極であり極める事は直線の比ではありません。 それを利用する事が印刷で可能になるという夢を与えてくれました。 そしてそれがタイポグラフィにおいて配慮されている訳です。 もちろんそれも少しのルールを覚える事と工夫で簡単に扱えます。 これ以上は書かない方がいいですね。 ホントギリギリだなあ。 なんだか曲線のこだわりといってもカーブがこうねいいんだよねとか書いてませんが、 花形装飾活字において曲線へのこだわりとはこういう事だと思います。 そんなの曲線のラインがねとか美術家でないからわかんないですよ。 あくまでタイポグラフィであってグラフィックデザインですから。 そして偶然性に身を委ねるだけのものが、 この曲線にはある訳です。 完成の域とか書いてますが、 まだまだ発展途上やと思います。 それは多分、 時代とか感覚とかそういうのでどんどん変わっていく部分です。 そういう意味でまだまだ花形装飾活字は捨てられません。 あくまで「活字」で、 いっそ言語と同じでいいと思うんですよね。 文章と同じくらいに美術を言語にしちゃったわけですよ。 この曲線群ってやつはマジでスゲーのです。 単に装飾ならイメージですから、 花形装飾活字の曲線の在り方、そのこだわり、 当時の考えた人に賛美以外の何もない感じです。 こんなもんで。



花形装飾活字を愛でる その93

中心に添えるばかりがシンメトリーではないし、 対称的に配する事がシンメトリーでもないのです。 何をここまでシンメトリーにこだわるかというと、 花形装飾活字こそが、 シンメトリーを追求した一つの答えだからです。 文字。 とくに英字の場合に、 A,H,I,M,N,O,S,T,U,V,W,X,YZはシンメトリーであると言えますが、 その他は完全とは言えません。 また、 文章を組む場合にはその限りではないのです。 単語の組み合わせや、 情報の在り方によってその中心は常に変化します。 逆を付けば完璧にシンメトリーよりも、 欠点のある文字が加わる事で、 そのバランスによるバリエーションに変化を与える事が出来るのです。 が、 やはり文字だけでその中心を一つの紙面の構成するには無理が出ます。 それはシンメトリーを優先するが故に、 美術的な概念は達成できたところで、 伝達性や情報性に汚点を残す事があってはいけないのです。 タイポグラフィとは、 シンメトリーであるべきだけれど、 その限りではないのです。 伝達性を欠いてまで、 その独自性や芸術性を優先してはいけないのです。 その中で悪あがきしたのが、 花形装飾活字であったのだとも考えています。 これについては、 例の友禅の雛形図案のなんたらこんたらにも通じるようにも思います。 しいて言えば、 それが装飾である必要は無いのです。 最近ではとくに記号やマーク、 ポスターでしたら、 何割かの比率で色を掛けて情報を分けたりしています。 花形装飾活字という手法は時代遅れのようではありますが、 現在に至るまでこれに変わる同じ能力の持った、 整理性に含めて芸術性も高めれる方法に出会った事がないのもまた事実なのです。 もしかよかったら、 そういう視点で楽しんでみるのも1つです。 1行の文章を単に中心に配するだけでなく、 そのバランスを意識しつつ、 花形装飾活字を活用してみるのも面白いと思います。 アンバランスなシンメトリーを是非楽しんでみてください。 という事で、 だいたいからして脇道に逸れてしまいましたので、 これを書こうとした花形装飾活字の曲線へのこだわりについてを書いていきます。 けれども繋がっていない訳でもなくって、 ちょろっと書こうと思ったら長くなってしまいました(言い訳)。 次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その92

そもそも美術に関するものは、 シンメトリーが基準なのです。 それを意識せずに制作する事はいい意味で無造作ヘアー、 悪い意味で天然パーマ。 やはりここでも「意識する」というのは非常に大きなウェイトを締めています。 むしろその天然パーマを意識して直す動作こそが、 デザインでありタイポグラフィにおける素であり、 天然パーマがどのような天然パーマかという部分こそが、 身を委ねるべき対象という訳です。 むしろ修正ではなくて、 その魅力をいかに引き出すかという視点が重要です。 そしてシンメトリー。 頭の形。 髪の毛の質。 色、長さ、硬いか柔らかいか、多いか少ないか、 どこにウズがあって、どこで分かれているか、 顔や全体像との相性はどうか、 生活やスタイルにマッチしているか、 廻りの環境はどうか、 年齢は?性別は?目的は?期間は? いろんな問いに合わせて最上のシンメトリーを探りよせます。 つまりシンメトリーとは中心であり、 同時に中間でもある訳です。 が、 前回の内容に合わせて書くとすれば、 その限りではないという部分にもスポットを当てなくてはなりません。 今回の書きたい部分の肝でもあります。 タイポグラフィではどうでしょうか。 完璧なシンメトリーは可能でしょうか。 今までに多くの美術家やグラフィックデザイナーや印刷職人が、 この問いに挑戦し続けてきた事でしょう。 シンメトリー、 ああ、シンメトリー。 下手したらこれを追求し続ける事で一生が終わってしまうんじゃないでしょうか…。 とは言ってもやはり何処かで折り合いを付けなくてはならないです。 そうです。 望むべきシンメトリーは完璧でなくてななりません。 ですが、 それは無理なのです。 物事に完璧は有り得ないですし、 完璧な女性程に魅力の欠如を感じずには入られません。 何処かに欠点があるからこそ、 1つの魅力が発揮されるのです。 重要な事は丁度良い具合を見極める事です。 丁度良い具合を探す旅とは、 準備や技術や経験、知識があればある程度は達成出来ると思いますが、 そこらへんの具体的な花形装飾活字とタイポグラフィについては、 次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その91


当時の曲線に対する執着はスゲーと思います。 バランスに対すると言った方がいいような気もします。 そのオブジェクトに対する、 なんとも異様なまでの追求は、 現代には抜けてしまった、 感性やら雰囲気には変えがたい、 確固たる美意識がそこにはあります。 という事で、 拡大した画像を踏まえて解説していきます。 アウトラインにする際に一定の修正は加えていますが、 出来る限りの再現を心掛けました。 そこらへんのうんぬんは前回までに書いてきたとおりです。 これは今回のものに限らず、 当時の花形装飾活字、 もしくは印刷技術において、 バランスが重視されていた事が覗えます。 タイポグラフィの父、 エミール・ルーダーもこう発言しています。 「タイポグラフィは時にシンメトリーである。」 そしてこうも発言しています。 「ただし、タイポグラフィにおいてはその限りではない。」 なんのこっちゃっちゅう話ですが、 これって日本語やからわかりにくいのかもしんないですね。 文字のバランスによってはその中心を探るのは困難です。 ましてや紙の中心やバランスを、 その情報に合わせて探って鎮座させるなんて、 コンピュータじゃ絶対無理ですし、 ましてや人の手で行おうものなら目がギンギンになる事請負です。 昔からそれに関する技術や技法については編み出されてきたの事でしょう。 マックの開発者がタイポグラフィに関係していたのは幸いだったと、 良く本に書かれていますが、 本当そうだと思います。 文字間や段落等の概念をコンピュータで行う事を考えたとしても、 実際に技術者がいない事にはその発想は無かったのでしょう。 本当に幸運だったと思います。 いかに感覚でバランス養いそれを実行したとしても、 一旦、コンピュータに犯された感覚はそう簡単には取り戻せないでしょう。 それを思うと、 当時の技術者の技術にも勝るその感覚には圧倒されるばかりです。 花形装飾活字は、 装飾をするベールの奥に整理をするといった目的があります。 完全なシンメトリーが可能であれば、 このような装飾は必要では無かったのだと推測します。 もっとそういう事を気にしない装飾になっていたと思います。 もっとも実際そういう方向の花形装飾活字もありますが、 それは今回は置いといて、 地味に時間が来てしまったので次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その100


ひゃー、とうとう100回逝ってしまいましたね。 よくもまあこんなに語れるもんだよねまったく。 とまあ、 失敗話の続きです。 だんだんと失敗というよりも気配りや意識の出来なかったところに及びます。 これがもし自分以外の第三者が触るとなった時に使えるかどうかについてです。 既に実験は進んでいたりします。 内容はうっしっしーなので秘密なのですが、 来月くらいに公開出来ると思いますのでお楽しみに。 それは置いといて、 やはり少し難しいようです。 自由度を挙げた反面、 ルールや役目に対する機能が低下したのが原因やと思います。 一定の造形に意欲がある人間であれば、 ある程度の説明かマニュアルさえ用意すれば使用は可能であるでしょう。 逆に説明無しでも自由に使って貰うのはありかもしんないですけど、 汎用性については逆に犠牲になってるように感じます。 わざわざ花形装飾活字という体裁を作ったからには、 それが大勢の人に使われるべきで、 単なるそれがオリジナルを構築する為の柄や装飾であってはいけないと思います。 ただ、やっぱり今回の目的自体は成功している反面教師の部分でもあって、 なかなか悩ましいです。 別に古典的なものにこだわるつもりもないんですが、 なんちゅうか、 ギャラモンしかり、 ああいうのって新たに作るものとは違う色合いみたいなものがあって、 歴史の蓄積というかそういうのは意識した方がいいと思うんですよね。 例えば、 今回作った花形装飾活字にしても、 この時だけじゃなくって、 ずっと使いたい訳です。 10年後使った時に古臭さいけど使えるみたいなエッセンスが、 ちょっとでいいから内蔵されればしめたもんなんです。 いい古くなり方みたいなのも、 心地いい完成度みたいなもので、 完成域を深めすぎるとアカンやろうし、 浅すぎると残らないんですよね。 そういう願いを込めて今回のは設計しています。 単に2週間という実質的には短い制作期間でしたが、 全体で言うと地味に半年ほどかかっています。 ここまでのものを作れたのも、 イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)の作家さんと本当の始めから話をいただいて、 とことん一緒にやった部分が大きいようです。 広告としての一部で花形装飾活字ではなくって、 ブランドの一部としての花形装飾活字まで高める事が出来たのは、 大きな成功やったと思います。 イメジストのブランド構築のみに使うのでもなく、 イメジスト書体として存在させるような意識で、 イメジストの他でいろんなシーンで使う事も出来ればとも考えています。 ロゴも英字全部揃えて使えたら面白そうですね。 これについてはもうちょい次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その99


相変わらず、 イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)での、 花形装飾活字の話です。 そもそも、 今まったく違う新しい花形装飾活字を作ってて、 それが花形装飾活字設計デビューのはずで、 この花形装飾活字は想定外でもありました。 そういう意味でもこのイメジストでの花形装飾活字は過程なので、 決して手を抜いたり中途半端に仕上げたとかではない未完という位置づけになりそうです。 形になりましたがどうにも気になる点があって、 奇しくもそれを今回の失敗として例に挙げたいと思います。 それは線の太さの緩急です。 鉛筆でデッサンしてる時は気を配ってるつもりだったんですが、 というか気にならなかったんですが、 アウトライン化して他の版を組合した時点で、 しまった!と気付きました。 自分が想像してたよりもシビアやったみたいです。 もしくは気を配る観点が間違っていたんですね。 今、表示されているバージョンはある程度修正されたものですが、 それでもやっぱり気になります。 なんかズングリむっくりした形になっちゃってますよね。 1つずつ見た時にはそうではないのになあ。 こうなんというかメリハリが案外大切で、 中途半端に迷った部分は、 そのまま曲線の流れに組み込まれてしまうように思います。 修正してもやっぱり修正したものでしかないので、 じっくり見るとイカン部分が気になってしゃあないです。 あと、 直線がいるという事でしょうか。 曲線だけで構成しても花形装飾活字として機能しづらいようです。 もう少し直線を増やせば良かったと反省な感じです。 でも、まあやれる事はやった感が強いので、 現時点での限界でもあるのかもしれません。 別で作ってる花形装飾活字の為に、 後、数回、実験で作ってみたい気もするので、 なんかゆっくり打ち合わせしてお話をしてくださるのであれば、 是非頼んでみてください。お待ちしてます。 次回へ続く。 あ、まだ失敗編は続きそうです。



花形装飾活字を愛でる その98


なんだかんだいって、 結局いろいろ実験しました。 「花形装飾活字」だから活字にこだわるべきじゃないし、 あ、活字という技術を背景に置いた上でという意味です。 そうなのです技術とグラフィックデザインは時代という後ろ盾とともに、 ずっと影響を与え合った要素の1つなんですが、 当時の技術に合わせて新たに作るというのは、 いささか抵抗の感じるものでもあります。 せっかく、 大きくしたり何個も複製出来たりクルクルしたり重ねたりくっつけたり、 当時じゃ考えられなかった技術が目の前にあるのに、 活版印刷というものにこだわりすぎるのもなんだかなあというのが、 今回の制作実験の1つです。 当時出来なかった事を出来るのは快感やし、 つまりそれはグラフィックデザインとして新しい可能性を広げたと言えると思うんですね。 まあ、知らない人はその快感をラインを知らないままなんだろうけど、 せっかくだからねえ、 やっちゃったほうがいいよねという具合での今回の花形装飾活字です。 イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)のシルバーアクセサリーにしても、 新しい技術の銀粘土を使用している訳やしね。 あ、それは置いといて、 で、今回重きに置いたのは埋めるという方法です。 オブジェクトの形が一緒という事は曲線も同じという事です。 サイズも比率さえ維持しておけば曲線は変わりませんので違和感は生まれないという寸法です。 大きいものの中に小さいものを入れたりしても可能になります。 1つ1つの図案が満たされていなくとも、 組み合わせ次第で無限の図案を構築出来るという仕組みです。 自由度のアップというか、 本来のルールに加えて出来る事を増やした結果でもあります。 同じ並べるでも実際には無限の創造に広がる訳です。 ただ、 どこまでやるかというのは、 使う側の裁量なので、 前回にアウトライン化したエンスヘデ活字鋳造所のやつにも同じ事が言えるんですけどね。 なんというか、 組むという底辺を少し掘り下げて何を図案としての完成域にするか、 は、次以降にしきます。 そんな訳で、 版として並べる美みたいなものを追求した、 今までの花形装飾活字をリスペクトしつつ、 一定の要素を掬い取る事で、 「花形装飾活字」とし、 それに加えて時代や技術、モチーフにマッチングさせたのが、 今回の完成形であり大きな実験でした。 結果としては、 大部分は成功したと言えると思います。 どうでしょうか、 実際に見てみてどういう印象か教えていただけると嬉しいです。 今はまだイメジストの作家さんと調整中ですが、 こちらの花形装飾活字もどんな形になるか分かりませんが、 実際に使ってもらえるような事に出来ればと考えています。 要素の追求と技術からの脱却(もちろんリスペクトしつつです)、 もちろん失敗していると感じている部分もあります。 失敗というかもっとここはこうできたかなという部分です。 それについても含めて次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その97


ええと全容です。 うむ2週間でよくやったもんだ、と自分を褒めておきます。 ただやっぱり完成度の底は甘くって、 角度やサイズは調節をしながら使わなくてはいけないし、 活字のように並べて使うのではなく、 オブジェクトを埋めていくように配する事で、 その魅力は最大限に生かされるんですけど、 それが花形装飾活字と呼ばれるかどうかは、 なかなか悩ましいところな感じです。 それでも全力投球でもあるし、 決して中途半端ではなくって、 やれる事はやった感のある「花形装飾活字」です。 モチーフとしては、 今回アートワークを担当する事になった、 シルバーアクセサリー(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)の形を元にして、 1つの同じ形のデッサンを重ねて、 その中で図案の比率を変える事で、 変化を与え、 繋げた時にはチェーンのように細く出来たり、 対称に配した時(重ねた時も含む)には、 それがオブジェクトに変化するように設計しています。 もちろん通常のルールでの使用も可能となっています。 タイルのように並べたり、 繰り返しのパターンのようにパーツを作り上げるような、 古典的なやり方でもオッケーやと思います。 あまりにも出来が良かったので、 イメジストではキービジュアルとしても使う事が出来ました。 苦労したのは、 元が立体のオブジェクトなので、 それを平面するという事は角度が重要になります。 最初はその角度を変える事で、 オブジェクトに変化を与える事を考えていました。 あ、最初の時点で、 モチーフをシルバーアクセサリーを直接的に連想出来るようにする事は決まっていました。 何故なら、 シルバーアクセサリーのデザインは抽象的で掴みどころが無かったからです。 具体的なオブジェクトでの設計は避けようとも考えていました。 で、 角度を変えながらデッサンを始めたところ、 なかなか完成が見えて来ず、 そりゃそうで、 なによりも花形装飾活字を設計する上で重要なのは、 形の変化ではなくて、 その曲線の繋がりにこそある訳ですから、 立体的なものを角度を変えれば、 平面にした時にその曲線が個々で変わってしまいます。 それでは失敗です。 で、 考えたのが、 一定の一番いい角度でルールや役割を与えながら、 図案の比率を変えるという方法です。 曲線を変えずにベタの部分や線の長さを工夫する事で、 シルバーアクセサリーのイメージを与えつつ、 そして壊さず可能となった訳です。 だからどんな組み方をしてもそのイメージは維持し続けるし、 その中でフットワークの軽さを発揮するんですが、 それは次回以降に書くとして、 設計の段階として、 今回は鉛筆で描く作業をした訳ですが、 あくまでフリーハンドにこだわりました。 常々、曲線についてはフリーハンドで描いてきた経緯もあって、 とくに定規に頼った設計は今回は避けました。 今回のシルバーアクセサリーに関しても、 銀粘土という焼いて銀を精製する素材を使用しており、 作家の方が手で作る、指先で作るという事にこだわっているという事で、 その曲線を定規で設計する事は真っ向勝負じゃないなという気がしたのも、 大きく影響しています。なんか青臭いですけどね。 今日はこのへんで。



花形装飾活字を愛でる その96


最近ですが、 花形装飾活字をオリジナルで設計する事がありました。 設計に際して学ぶことがたくさんあったので、 こちらでその事について書いていければと思います。 別で新たな花形装飾活字を設計中なのですが、 それについては今年の秋頃にはお見せできればなと考えておりますので乞うご期待です。 さて、 今回の設計についてです。 IMAGEST(イメジスト) http://www.miwakazuki.jp/imagest/ というシルバーアクセサリーのブランドを構築する際に必要なりました。 IMAGESTについては、またLOGの方で書いていければと思いますが、 シルバーアクセサリー以外のアートワークについて全て担当させていただく事になり、 その1つの要素として花形装飾活字を用意するというものです。 モチーフが予め決められており、 実際の制作期間も他のアートワークと同時進行という中での設計でした。 作業の流れとしては、 まず、鉛筆で大量のデッサンをし、 それらの中からピックアップしてブラッシュアップしていきました。 後はエンスヘデのものと同じ肯定です。 曲線としてある一定の完成度が得れた時点で、 イラストレータでアウトライン化し、 何度も何度もサイズの変更や様々な角度組み合わせ、印象も含めて調節しながら、 完成に至りました。 地味にオリジナルでの花形装飾活字の設計は初めてでしたが、 既にその作業プロットは頭の中にあり、 ただそれを重ねて行ったというものです。 ただ1つ工夫をしたところは、 完成度としては、 期間が決められており、 その完成の底を何処にするかを定める作業です。 なんだかんだいって、 デッサンから完成まで2週間程度で完成させましたから、 2週間で出来る事なんて限られています。 作業の比率も然る事ながら、 何を花形装飾活字にするかという点には凄く悩まされました。 これらもこれからガシガシ書いていくと思いますが、 今日のところは置いといて、 まず上のリンクから見てもらえると嬉しいです。 そしてたくさんの学ぶ事がありました。 もちろん失敗した部分もありますし、 成功して次の新しい花形装飾活字に生かしたい部分もありました。 そこらへんもこれから書いていくので置いときます。 多分、 もしかしたらですが、 花形装飾活字の設計というのは底辺の定め方によっては、 なんともフットワーク軽いグラフィックデザインの在り方なのかもしれません。 今まではずっと、 花形装飾活字の捨てられた可能性としてフットワークの重さを説いてきました。 が、どうやらそうではないようです。 その要素たるはなんなのか。 むしろそれが日本的な場の作り方の本来の在り方を考えさせられるヒントになるかもしれません。 そういうのも含めて次回以降お楽しみに。 いつもの如く1日一回は更新出来ると思います。 ていうか100回またぐなこりゃ(笑









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