花形装飾活字を愛でる その110


曲線について。 曲線の在り方については今回は凄くこだわりました。 うーむなかなか、いびつな曲線だなあ…。 ズバリしなやかではない。 どちらかというと全体的な視点では整っていない。 という表現で正しいと思います。 エンスヘデのやつで曲線について散々に学んだ事が多かったのは、 書いてきた通りなんですが、 これはつまり、 前回の図案の一部を再現した形した訳です。 理屈としてはこうです。 花形装飾活字は「組む」という要素があってこそ、 その曲線の優雅さが発揮されます。 エンスヘデの花形装飾活字をアウトライン化の際に、 その曲線の在り方を観察しました。 その結果いわゆる正しい曲線ではなかったんですね。 けれど図案全体でみると心地よいものに変化していたんです。 それを組み合わせる事でもっと不思議な美しさがありました。 つまり今回のイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)では、 自由度の完成域を広げたと書いてきました。 曲線のいびつさの理由は其処にこそあります。 図案の一部を再現する事で、 過去には不可能であった図案からの組むという動作を可能にし、 組む事での曲線の美しさを最大源に引き出す工夫として、 1つずつの図案を全体で見たときのいびつな曲線となっています。 これについて、 印刷の版の作成の歴史は碑文の職人、 またはカリグラフィの職人による技術が底辺になっていると考えられます。 また、エンスヘデに限らず、 もしくは花形装飾活字に限らず、 活版の書体の素は手描きの設計が素になっているとも考えてしまってもいいと思います。 という事はその際に用いた道具を想定した上で設計をすべきで、 そこにこそこの曲線の美しさのヒントがあると思いました。 例えば英字の「O」なんかとくにギャラモンあたりのセリフ体を見て欲しいんですが、 上と下の部分が細く中腹になるにつれて太くなっています。 (古い文字を見ると1画で書いている為か歪になっている) これは何を暗示しているのでしょうか。 版を使用する前は手書きであったのは予想に簡単ですが、 装飾もまた印刷という領域の花形装飾活字ならなおさら、 同じ技法と道具の蓄積は考慮にいれなければ、 あの曲線は再現は不可能だと思います。 答えをスッポリ言っちゃうと「筆」です。 特に平筆であるとテキストで見る機会が多いです。 活字に見られる特徴は平筆に近いので、 後に平筆になったという表現でいいのかもしれません。 これに気付いた時点で全てに合点がいきました。 つまり筆のクセみたいのものを除去しない事で、 ノイズとして混入させる事で、 あの心地よい感じが生まれていたのです。 今回は特に「鉛筆」でデッサンをしています。 単に筆でやったものをアウトライン化するのでは、 カリグラフィと同じ領域であって、 それを再現していては、 花形装飾活字とは言い難いものになるのではと感じました。 なので、 「鉛筆」で「筆」の独特な曲線美を二本の線でオブジェクト化する事で、 筆の概念を再設計しています。 ボクはずっとグラフィックデザインをしてきましたから、 今回のもっとも試してみたかった実験は、 どのように搾取するかにあります。 筆の概念を鉛筆で搾取する事で、 筆ではない具体的な造形美が製作出来ると考えました。 その結果、 このような歪な曲線が生まれました。 が、組み合わした時の心地よさは半端ないとともに、 それぞれには適正のサイズというのがあって、 そのサイズを調整する事で単品で使えて、 従来のやり方(古典的なです)でも可能になり、 印刷にも耐えれるようになっています。 これについはもう少し書きたいので次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その109


今回も、 デザイナーの方に使って貰ったやつの中から、 面白かったやつをピックアップです。 前回とは違う人なんですが、 こんな使い方は自分は絶対にしねー、みたいな感じになってます。 この方には設計概念とかルールを伝えず、 パッと渡して使ってよてな具合で使って貰ったんですが、 ここまで個性とかクセみたいなものが出てくると、 創作になってしまって花形装飾活字じゃねーと思いつつ、 実はこの塊をパターン化して使ったら面白いという一面もあったりします。 本人曰く、 これは恐ろしいな、らしいです。 どんなけ自由に組もうと、 自分の感じで組もうとして創作とするようにしても、 気付いたらこのテイストの花形装飾活字というものなっていてビビッタらしいです。 作った自分としてはシメシメと思ったんですが、 つまり、 グラフィックデザインって、 規制と制限の癒着みたいなところがあって、 大きい統合主義的なものを見定めた上で、 その懐に委ねる対象とするんですが、 イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)の花形装飾活字では、 それを凄く確認出来たというか、 花形装飾活字という在り方が、 グラフィックデザインという在り方の隣合せみたいなものを、 体現しているものを感じていたのです。 自由という湖の作り方として、 循環から考えていくようなやり方ってのは、 今の広告みたいなその場主義的なものを一層出来るようにも思いました。 ただ課題としては、 想定とするシーンとするのではなくって、 それが1つのアイテムになるくらい、 より自然で穏やかなイメージでないと、 対象とする限定がイメージのプールに、 ただただ流れ込むような現象が起こりかねないと考えています。 イメジストの花形装飾活字というもので言えば、 その点ではある程度の完成にあるように感じます。 ただその対象がグラフィックデザインに精通しているのと、 そうでない場合での完成域の違いに欠点があるように感じました。 これについては難しいとも考えています。 各々の技能と花形装飾活字という懐、 それぞれの使い方、個性、クセ、 それらを全て掬う事が出来て初めて、 花形装飾活字と言えるのだと思います。 簡単にするのと懐を深くする事は違う要素にありますが、 難しい事と優しいという事も同じくらい違う要素にあるように思います。 難解のものは優しくなく、 簡単なものは懐が深くない。 だからといって難解だから懐が深いという訳でもないという事でしょうか。 もちろん簡単だからといって優しいわけじゃない。 理想は懐の深い優しい花形装飾活字こそあるのだと感じています。 エンスヘデのものにしろ、 今回のイメジストの花形装飾活字にしろ、 いろんな弊害があって優しいものであるとは言いにくいけれど、 使うとこれはこれでなんか侮れないやつだったりする。 それが今までの花形装飾活字な訳で、 今回のいろんなデザイナーの方に使っていただく実験で、 その懐の深さの在りどころを確認出来たのはさっき書きましたが、 いかに日本的であるかという事が重要になってくるように考えています。 使った人が言う共通の言葉として、 エンスヘデのやつも加えてですが、 「パズル」や「レゴ」と言った印象を持つ方が多く、 組み合わせる繋げる埋める妙みたいなものにこそ、 花形装飾活字という魅力を感じているようです。 じゃあ装飾という在り方も自動的に決まってくるんですが、 もっともっと重要なのは、 組み合わせる繋げる埋める妙なのが従来の優しくない花形装飾活字なのだとすれば、、 なのですが、 また今年中に書ければと思います。



花形装飾活字を愛でる その108


という事で、 イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)の花形装飾活字を、 何人かのグラフィックデザイナーの方に実際に使っていただき、 どんな感じになるのか実験をしてみました。 とりあえずその中でも面白かったのをピックアップです。 設計した自分としてはこの使い方は想定していませんでした。 設計の意図としては、 線とオブジェクトのの2つの要素を組み合わす事で、 飾りとしての装飾を強めるところにありましたが、 ここまで線の特徴とオブジェクトの特色を、 意図を超えた工夫で個性を発揮してくれるとは思いませんでした。 ボクではこんな組み方をする事はないでしょう。 一通りのルールや設計の意図を伝えた上でのこれなので、 本当に驚いています。 まあグラフィックデザイナーとしての魂みたいなのを見せてやろうと、 そういう気満々なのは見え見えな感じなんですが、 なんかこう無邪気な感じで使って貰ったのが非常に良かったです。 本人曰く、「これ面白い。」と言って貰えたのもまた良かったです。 他の方からも面白いという反応をいただいて、 そうなんですよね、 結局のとこ花形装飾活字って面白いんです。 使う人が変われば組み方も変わってきますし、 それを設計するという喜びはズバリ、 グラフィックデザインの喜びそのもののような気がします。 そして今回のような、 自由のランクを上げたものは、 技術の制限無くいろんな方に使っていただけるみたいで、 なんでこんな営業トーク的な書き方というと、 ええと、 イメジストの方と打ち合わせた結果、 こちらの花形装飾活字のイラストレータのデータを、 fengfeeldesignにて扱う事が決定しました。 一応イメジスト発という事で、 モチーフがシルバーアクセサリーなんていうお洒落な嗜好のもので、 お値段もそこそこのものなので、、 既に手に入れている方や購入を考えている方が、 これを見てイメジストに対する価値の低下だけは避けたいという事で、 エンスヘデのような条件提示での配布は止めておこうという事になりまして、 「10,000円」という値段を付けさせていただく事になりました。 詳細については今週中に公式アナウンスという事で発表をいたしますが、 「10,000円」という価値の在りどころについても、 単にイメジストの価値を下げない為なので、 データに対して「10,000円」というのはなかなかな数字です。 もちろん完成度や花形装飾活字そのものについては、 やれる事はやりましたし今出来る最高のものであるのも確かです。 印刷に対するクオリティのテストも済んでいます。 ただ、 ものとしてはある程度グラフィックデザインの技術がある方じゃないと、 使いこなせない可能性があります。 もちろん図案についてはキチンと作っているので、 一定の知識さえあれば一定のラインを保つ事が出来ます。 その際の出来、不出来は使う方の裁量によるものになるのもまた事実であり、 今回のように自由度を上げた結果(良いか悪いかは別にして)のように思いますし、 こちらのブログでも出来る限り、 使い方やその一例を挙げていければと考えています。 なので、 購入の際にはその点にだけご注意をお願いします。 先ほども書きましたが詳しくは今週中にお伝え出来ればと思いますので、 どうぞよろしくお願いします。



花形装飾活字を愛でる その107


基本的な使い方としては、 「連結」にこそこの花形装飾活字の魅力が発揮されます。 もちろん今までのルールにても使う事が出来ます。 が、 やはり一番の魅力は、 前回の画像が一番分かりやすいかと思うんですが、 連結による図案の作成です。 そしてなおかつ同時にそれらを組み合わせて、 花形装飾活字の役割としても機能するところにあります。 今までの花形装飾活字は、 図案が予め決められており、 それらを配置する事によって、 その組み合わせを楽しむものでしたが、 今回のイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)の花形装飾活字では、 それをもう少し掘り下げて、 版そのものの設計も出来るようになっています。 それは、 現在におけるテクノロジーに併せた、 花形装飾活字という在り方を提示しています。 自由に配置出来る事で、 組む人によってのオリジナリティが確保されています。 各個の図案を単純なまでに追求する事で、 一定のルールの元で自由に図案を作成する事が出来ます。 とくにこれを使う場合には、 花形装飾活字の組む際の基本を、 予め掴んでおいた上での使用を推奨します。 何故なら知っている場合と知らない場合で、 組んだ時の完成に大きな違いが生じるからです。 版そのものは単純な装飾ですが、 組み合わせる事で無限の可能性を発揮する事が出来ます。 もちろんこちらの意図に併せて使っていただく事で、 設計の概念に沿った使い方が出来ます。 これからそれらを書いていく事になりますが、 今回の花形装飾活字については、 それが全てではなく、 あくまで自由です。 実は、既に数名のデザイナーの方に試験的に使っていただきました。 その際にはルールは伝えませんでしたが、 なかなか面白い結果になりまして、 それも併せてこれから書いていきたいと思います。 自由という掘り下げとはなんなのか、 自由だからこそ本当の意味で「個性」発揮されるそのスタンスの提示とはなんなのか。 そして、その上で設計として正しきルールで組むという事を絡めるとどうなるのか、 次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その106


どうにもこうにも、 図案における完成とは一体どのようなものを言うのでしょうか。 凄く大きな壁が立ちはだかりました。 組み合わせる自由と技術という制限。 その制限でさえ昨今のテクノロジーは解決を可能にしました。 というのは前回までの話でした。 この時代において、 制限こそが美しい花形装飾活字を生んだ1つの要素として挙げられるなら、 技術的な制限のない今のデザイン環境の中で、 いわば自由を得た中で、 制限という表現が正しいかどうかはわかりませんが、 あえて制限という課せで自由を制限するのかについても疑問が生じます。 そもそも技術による美意識の制限の脱却の1つの答えが、 花形装飾活字という存在であったはずです。 より美しく。より機能的に。 そして現在。 途方も無い技術の海に。 残念ながらイラストレータというソフトでさえ、 その制限の提案を行い、 使用者はその機能を使う事でスタンスを示そうとしているんですね。 自由を得たものの制限という「糧」が無いと作れない現状。 嘆かわしいです。 こうなったら発想を変えなくてはいけないと感じます。 制限からの脱却という自由。 自由すぎる事からの制限による糧のクリエイティブ。 正直、悪循環です。 結局課せがないと作れないなら、 その課せを自分で作ればいいのです。 つまりスタンスを示すという事にもなると思います。 そのヒントとして花形装飾活字の存在は非常に大きくなります。 ルール作り。 新しいグラフィックデザインの在り方。 スタンス。 そもそもなんだったのか。 そして花形装飾活字。 で一回りしてスタンスとは? うーむ、そしてイメジストという存在。 これ以上は「花形装飾活字を愛でる」の範囲を超えるので此処では書かないでおきます。 続きはいつかのログの方で。 そして、 すいません…。 お、お腹が空きすぎて文章になりませんでした…。 次のギャラは来週中頃だというのに…それまで1000円か…。 次回は図案そのものについて触れていきます。



花形装飾活字を愛でる その105


花形装飾活字というものの機能においては、 そのスタンスを示す事が重要だと思います。 独特な美しさよりも、 不変なより多くの方が理解出来る美しさの追及こそが、 よりよい花形装飾活字を産むのだと考えています。 時には独特な美しさが正解を産みますが、 それが花形装飾活字かどうかについては、 いささか疑問に感じます。 そして同時に複数の使い手が設計の意図をキチンと理解し、 各々が独自性を持ってそれらを組み立てていくことが、 花形装飾活字の面白いところでもあります。 同じ図案の集合でも、 組み立てる人が違えば独特な美しさが誕生するのは、 それこそが最大の魅力であり、 花形装飾活字を設計する上で何よりも考えなくてはならない、 重要なポイントでもあります。 これはイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)での、 花形装飾活字を設計する際に意識した1つです。 いかにその自由度を完成域として捉えるかについては、 前回までにも書いてきましたが、 作っている時に凄い事に気付いたんですが、 その場合に図案の形としての密度と、 実質的な形の在り方で、 花形装飾活字の良し悪しのバランスが決まってしまうという事です。 これはスタンスを示すという意味では、 大きなウェイトを占めていると感じました。 つまり、 図案の密度と形というのは、 例えば、 花の形を1つとっても、 それがなんの花か分かるまでの図案なのか、 それともなんの花かは定かではないが花だと分かる図案の2つがあった場合に、 前者と後者の設計では、 花形装飾活字の在り方に大きな違いが現れるという事です。 これは花形装飾活字が消え行く歴史的な一面を感じずにはいられないのですが、 衰退期の花形装飾活字においては、 前者の場合が多いという事です。 具体的なイメージ出来る装飾に仕上げられています。 これは写真の登場や印刷技術の向上の結果、 それまでは、 簡単な挿絵や複雑な文章をフォローする為だったものが、 それらを色どるものへの変化を遂げたという事になるのではないでしょうか。 逆に全盛期の頃には後者の場合が多いんです。 ただこれは何を衰退期とするか全盛期とするかなので、 衰退期は1800年代後期から1900年代にかけての事で、 全盛期は1700年代中期から1800年代前半に掛けてという区分なんですが、 これはアカラサマにそうなっているので興味がありましたら、 是非調べてみてください面白いです。 さっきも書きましたが、 それがどう良し悪しなのかは、 ボクの勝手な判断なので反論は覚悟しつつ、 判断としては、 既に花形装飾活字として完成域に達していた手法を、 捻じ曲げてまでより具体的な図案という在り方に時代に合わせて変えてしまった、 もしくはそういうやり方でしか対応出来なかった事が歴史上の失敗であり、 そして現在日本独自の花形装飾活字というのは、 その技術革新の並に押された本来のものとは程遠いものが、 活版を普及しようと輸入したタイミングだったという事だと思います。 何を完成域とするか。 もし完成とするなら1700年代中期から1800年代前半に掛けてのもので、 花形装飾活字として謳歌していた時代でもあったわけです、 逆に1800年代後期から1900年代のものってどちらかというと、 発展途上のまま終わったという印象。 それを現在に残っている日本の花形装飾活字としての在り方で、 独特な完成域に達したという事だと思います。 ただ、それが花形装飾活字として判断していいものかは、 いささか疑問に感じるところであり、 機能の面でも役目が果たされていないような、 良く言えば日本的な感じであり、 悪く言えば、 それって花形装飾活字じゃねーてなもんですよね。 で、 何をここでは花形装飾活字として呼称し定めているのか。 何故、イメジストでの花形装飾活字を花形装飾活字と定めて、 それをスタンスとするのか。 じゃあ、そのスタンスとはなんなの?? 繰り返しになりそうですが次回へ続く。



花形装飾活字を愛でる その104


単にイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)という背景にしたのは、 なんでかという話の続きです。 それはもう決まってます。 偶然以外のなんでもありません。 たまたまイメジストだったからです。 もっと書くと花形装飾活字を作る目的で、 イメジストのシルバーアクセサリーのフォローを承諾したのではないという事です。 これについては後々ログの方でツッコンで書きますが、 様々な要素が交錯する中で、 花形装飾活字という選択が突出したという事にあると思います。 同時にボクが花形装飾活字に対して強い関心があったというのも、 もちろん1つの要素であり大きな要因であったでしょう。 もっともっと書くと、 それが花形装飾活字として作られたかどうかは疑問にあります。 その上であえて花形装飾活字として扱うかどうかを決めたという所にあります。 今まさにここにこのように文章を書いているという事は、 抽出して定義したという事なるんでしょう。 つまり、 それを花形装飾活字として扱うかどうかは別次元にあるという事です。 デザインに関して言えば、 しばしば公共性について問われるシーンに多く出くわします。 しかし、 それを公共性に富んだものとして扱うかどうかは別にあるという訳です。 例えば1000万人に通用すれば公共性が富んでいるという事でしょうか。 もしくは、100人では?10人では? それがどのような範囲かはわかりませんが、 判断を委ねるところとして、 イメジストで存在している花形装飾活字と思われるものは、 ここでこうして、 花形装飾活字として扱うことで、 ほんの少しは花形装飾活字として扱われるのではないでしょうか。 ただし範囲についてはそれが全てではないように思います。 今回、 このイメジストでの花形装飾活字を、 どのような形かはまだ打ち合わせ中ですが、 配布する予定でおります。 もしかしたら条件は金額的なものか、 エンスヘデのものと同様の条件にするかはわかりませんが、 それが多くの人の手に渡り使われる事で、 公共性は確実に増す上に、 それを使うというアクションが発生する事で、 それが花形装飾活字として機能するものだと考えています。 今のところ、 商用等の制限を掛けるといった規制については、 一切無しで配布出来る感じになりそうです。 また、7月中の配布が実現は出来そうで、 ただ、母体の所在や条件提示については打ち合わせ中な感じです。 もしかしたら、 fengfeeldesignからの配布という事にはなりそうなのですが、 そうなった場合にはまたまた一風変わった条件を考えています。 どうぞお楽しみに。 なんというか「スタンス」を提示するというあり方について、 花形装飾活字という在り方に大きなヒントがあるような気がしています。 それを今回のイメジストでの花形装飾活字という存在を織り交ぜながら、 次回は、 もう少し掘り下げて書きます。



花形装飾活字を愛でる その103


個人的にはノスタルジー的な要素は嫌いじゃないんです。 ただ、それを古典としクラシックになっていく事がどうにも疑問なんですね。 それそのものは古くはなるだろうけれど、 分類し形態化していく事に消化不良みたいなものを感じます。 常に新しくあるのは不可能ですが、 これはずっと書いてきてる事と被るんですが、 正しき事は新しき事よりも重要だと言う事だと思います。 正当を知るがこそ邪道を行える訳で、 同時に邪道こそが新たなスタンダートなのだと考えています。 その中で花形装飾活字という、 一見、ノスタルジーの塊のような、古い存在でさえ、 それが文字や情報を美しく魅せる手段としての役割に変わりはないのです。 今のグラフィックデザインのどうしようもなさってのは、 そういう部分を蔑ろにしてきた結果やし、 一体どれだけの方が有識を持った上で、 グラフィックデザインに挑んでいるのか定かではありませんが、 そんなに多くはないのではないでしょうか。 もちろんそれは自分にも言えます。 だからこそのこの行動でもありますし、 キチンと全身でグラフィックデザインと向き合うという行動は、 グラフィックデザインが一体何かというのをキチンと知る旅でもあると思います。 で、 今回のイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)でなおかつシルバーアクセサリーのフォローという形を取ったのも、 それが花形装飾活字という目的ではない事は明白なのです。 単にその選択した手法が花形装飾活字という在り方であって、 それがメインではないとだけ言わせてください。 その上で、 この完成域での話をさせていただけるなら、 上手く伝わるように思います。 あくまでスタンスですから、 別に手を抜いたりとかではありません。 メインはシルバーアクセサリーにこそあり、 イメジストのシルバーアクセサリーこそがブランドになるような在り方を、 グラフィックデザインという側面で捉えた結果が花形装飾活字という手法でした。 加えて書くとすれば、 とくに古典的な装飾で、 エンスヘデ活字のものをそのまま使っても正直良かったと思いますが、 それが今回の目的に概等するかどうかはまた別、 という事になります。 ただ、場合によってはそういう事もあっても良かったという事で伝わりますでしょうか、 でで、今回のイメジストの花形装飾活字という事になります。 わかりますかね。 うーん、なんかこの文章では伝わるのは難しそうなので、 もう少し掘り下げて次回に続く。



花形装飾活字を愛でる その102


イメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)での花形装飾活字の話でお送りしております。 まるでパズルのように。 そのパズルは自由でどのピースでもピッタリ合う。 版の特徴が何かというとそういう感じです。 あらゆる角度、サイズ、 組み合わしたパターン毎にも。 どっかがどっかに適当に合う上に気付けば形になって、 反転で配置し合えばヨダレものという具合です。 図案1つ1つはラインとしては、 水飴が近いのかもしれない。 塊な時はずっしりしていて、 細いと伸びる。 太いところと細いところの比率に気を配っています。 というか、 今回の最大のポイントは何が特徴で、 どこまで特徴とするかという点です。 花形装飾活字ってのは自分の中では、 文字をかっこよく見せる為のもので、 その為には無駄な個性等は出来れば無い方が良かったりするわけで。 そもそも1800年代後半から1900年代に入った時らへんてのは、 ありゃ失敗だよね悪くはないけど。 印刷技術が発展してきて写真も登場して技術的な部分の成熟の波に、 あれが出てきたのはわからなくはないけれど、 ありゃ単なる装飾じゃんって感じだよね。 まあ、それは置いといて、 だからといって版の特徴というのは、 絶対に無くすというのは不可能ですし、 それを隠すまでして調整はすべきではないと思うんですね。 でもそこは花形装飾活字な訳です。 今回の場合ってのは、 イメジストの全体のアートワークを手掛ける事になった中での制作でした。 これがもし花形装飾活字だけってなら話は変わっていたように思います。 花形装飾活字で何か特色を魅せる理由は無いちゅうわけなのです。 それがイメジストを構成する1つである理由が何も無いとも言っていいかもしれません。 目的ではなくて要素。 メインに置く情報を魅せる為にだけ存在するもの。 それが同時にイメジストになるように。 特徴ではなくって、 いい意味で空気のような存在。 その距離を測るのが一番難しかったです。 だからきっと装飾としては味気ないものであるのは間違いないのですが、 それがイメジストではない文字や画でも、 それらを生かす1つの材料になるように思います。 ただこういうのって、 既存の花形装飾活字にも同じ事が言えて、 その装飾の特徴には、 時代の背景や国、文化、伝統、理由、要素、 様々な概念が折り重なった図案になっています。 それが花形装飾活字と考えるのではなくって、 単に今回の場合はイメジストが要素でボクが作ったのだという事だと思います。 これについては、もう少し書きます。



花形装飾活字を愛でる その101


でもまあ結局のとこ、 凄く今回分かったことは、 この花形装飾活字にしろ、 デザインに全部言える事なんでしょうけど、 その背景がなんなのかが凄く重要であるという事です。 きっかけというか、 要素の部分が何なのかというのが、 完成に大きく響くことが確認出来ました。 どんなに優れたデザインも、 きっかけや要素が足るものでなくてはならないし、 その始まりがどこにあるかで、 デザインとして機能するかが決まってくるというのを体験したように思います。 個性があって独自なものをワザとして構築するという在り方も、 バカとハサミは使いようてなもんで、 かといえばクライアントさんみたいな職能だけをひけらかす在り方も、 バカの1つ覚えてなもんで。 花形装飾活字はその点でいうと非常にバランス調整の必要なもののように感じています。 どれだけ技術を持つ人が要素を持つ人が互いに寄れるかにかかっているみたいな。 今回のはその成功例の1つだと言わせてください。 要素として在り方と個人としてワザとして在り方が、 丁度良い塩梅で形になったのが、 この花形装飾活字であり全体のアートワークでもあるように思います。 ここらへんの事は別のログの方でツッコンで書ければと考えております。 そして今回の目的であるイメジストをより良く紹介するという事について、 これは何故今回の花形装飾活字の、 1つ1つの図案がこのような形になったのかにも由来しています。 全てが同じ形で構成され比率で変化させる。 図案の1つずつとしては物足りないものでもあり、 その理由もまた書いてきた通りです。 同じ形とてそれが一様に同じで有り続ける訳ではないという、 商品コンセプトを汲み取る事で、 それもまた1つの形に帰属するのだという新しい価値を生み出す事にも成功しました。 具体的な図案にしなかったのは、 もちろんイメジストのシルバーアクセサリーが抽象的な表現だったから。 ならば形そのものをモチーフとし、 それを花とする事で構成という咲き乱れる演出を付加させる、 花形装飾活字だからといって、 それが花である必要はないし、 やはり要素として何を汲み取るか、 汲み取った要素をどのように扱うか、 どこまでをルールとし創造するのか、 技術はどうか…etc 全てが合致してこそ完成に至るのだと痛感した今回の作業でした。 出来上がったものは間違いなく花形装飾活字でしたし、 それをやはり第三者の方に使って欲しいと感じています。 イメジストの為に作ったものですが、 それが広告や宣伝や別の物と考えるのではなくって、 イメジストを構成する1つの要素として在り方として存在させてたいと考えています。 ブランドという考え方でもなく、 またはブランドがあってアクセサリーがあるのではなく、 アクセサリーがあってブランドが発生するような感じ、 これについてもログの方でツッコンで書いていければと思いますが、 あくまでも1つの形から生まれたものであるというスタイルは貫き通したいと考えています。 図案としての個性については次回に続きます。









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