花形装飾活字を愛でる その106


どうにもこうにも、 図案における完成とは一体どのようなものを言うのでしょうか。 凄く大きな壁が立ちはだかりました。 組み合わせる自由と技術という制限。 その制限でさえ昨今のテクノロジーは解決を可能にしました。 というのは前回までの話でした。 この時代において、 制限こそが美しい花形装飾活字を生んだ1つの要素として挙げられるなら、 技術的な制限のない今のデザイン環境の中で、 いわば自由を得た中で、 制限という表現が正しいかどうかはわかりませんが、 あえて制限という課せで自由を制限するのかについても疑問が生じます。 そもそも技術による美意識の制限の脱却の1つの答えが、 花形装飾活字という存在であったはずです。 より美しく。より機能的に。 そして現在。 途方も無い技術の海に。 残念ながらイラストレータというソフトでさえ、 その制限の提案を行い、 使用者はその機能を使う事でスタンスを示そうとしているんですね。 自由を得たものの制限という「糧」が無いと作れない現状。 嘆かわしいです。 こうなったら発想を変えなくてはいけないと感じます。 制限からの脱却という自由。 自由すぎる事からの制限による糧のクリエイティブ。 正直、悪循環です。 結局課せがないと作れないなら、 その課せを自分で作ればいいのです。 つまりスタンスを示すという事にもなると思います。 そのヒントとして花形装飾活字の存在は非常に大きくなります。 ルール作り。 新しいグラフィックデザインの在り方。 スタンス。 そもそもなんだったのか。 そして花形装飾活字。 で一回りしてスタンスとは? うーむ、そしてイメジストという存在。 これ以上は「花形装飾活字を愛でる」の範囲を超えるので此処では書かないでおきます。 続きはいつかのログの方で。 そして、 すいません…。 お、お腹が空きすぎて文章になりませんでした…。 次のギャラは来週中頃だというのに…それまで1000円か…。 次回は図案そのものについて触れていきます。









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