花形装飾活字を愛でる その110


曲線について。 曲線の在り方については今回は凄くこだわりました。 うーむなかなか、いびつな曲線だなあ…。 ズバリしなやかではない。 どちらかというと全体的な視点では整っていない。 という表現で正しいと思います。 エンスヘデのやつで曲線について散々に学んだ事が多かったのは、 書いてきた通りなんですが、 これはつまり、 前回の図案の一部を再現した形した訳です。 理屈としてはこうです。 花形装飾活字は「組む」という要素があってこそ、 その曲線の優雅さが発揮されます。 エンスヘデの花形装飾活字をアウトライン化の際に、 その曲線の在り方を観察しました。 その結果いわゆる正しい曲線ではなかったんですね。 けれど図案全体でみると心地よいものに変化していたんです。 それを組み合わせる事でもっと不思議な美しさがありました。 つまり今回のイメジスト(http://www.miwakazuki.jp/imagest/)では、 自由度の完成域を広げたと書いてきました。 曲線のいびつさの理由は其処にこそあります。 図案の一部を再現する事で、 過去には不可能であった図案からの組むという動作を可能にし、 組む事での曲線の美しさを最大源に引き出す工夫として、 1つずつの図案を全体で見たときのいびつな曲線となっています。 これについて、 印刷の版の作成の歴史は碑文の職人、 またはカリグラフィの職人による技術が底辺になっていると考えられます。 また、エンスヘデに限らず、 もしくは花形装飾活字に限らず、 活版の書体の素は手描きの設計が素になっているとも考えてしまってもいいと思います。 という事はその際に用いた道具を想定した上で設計をすべきで、 そこにこそこの曲線の美しさのヒントがあると思いました。 例えば英字の「O」なんかとくにギャラモンあたりのセリフ体を見て欲しいんですが、 上と下の部分が細く中腹になるにつれて太くなっています。 (古い文字を見ると1画で書いている為か歪になっている) これは何を暗示しているのでしょうか。 版を使用する前は手書きであったのは予想に簡単ですが、 装飾もまた印刷という領域の花形装飾活字ならなおさら、 同じ技法と道具の蓄積は考慮にいれなければ、 あの曲線は再現は不可能だと思います。 答えをスッポリ言っちゃうと「筆」です。 特に平筆であるとテキストで見る機会が多いです。 活字に見られる特徴は平筆に近いので、 後に平筆になったという表現でいいのかもしれません。 これに気付いた時点で全てに合点がいきました。 つまり筆のクセみたいのものを除去しない事で、 ノイズとして混入させる事で、 あの心地よい感じが生まれていたのです。 今回は特に「鉛筆」でデッサンをしています。 単に筆でやったものをアウトライン化するのでは、 カリグラフィと同じ領域であって、 それを再現していては、 花形装飾活字とは言い難いものになるのではと感じました。 なので、 「鉛筆」で「筆」の独特な曲線美を二本の線でオブジェクト化する事で、 筆の概念を再設計しています。 ボクはずっとグラフィックデザインをしてきましたから、 今回のもっとも試してみたかった実験は、 どのように搾取するかにあります。 筆の概念を鉛筆で搾取する事で、 筆ではない具体的な造形美が製作出来ると考えました。 その結果、 このような歪な曲線が生まれました。 が、組み合わした時の心地よさは半端ないとともに、 それぞれには適正のサイズというのがあって、 そのサイズを調整する事で単品で使えて、 従来のやり方(古典的なです)でも可能になり、 印刷にも耐えれるようになっています。 これについはもう少し書きたいので次回へ続く。









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