花形装飾活字を愛でる その78

本題です。 やっと此処で花形装飾活字登場です。 デザインするという事ととシーンであるという事。 この2つを花形装飾活字に委ねた場合の可能性とはなんなのでしょう。 考え方としては、 花形装飾活字をもう一度初めから考える方法。 花形装飾活字という考え方を継承するという方法。 花形装飾活字から時代性を考慮し発想する方法。 花形装飾活字という研究材料としての在り方。 花形装飾活字というモチーフという考え方。 花形装飾活字が…。 際限なく在りそうな感じですが、 全てにおいて共通したものがあります。 花形装飾活字であるという事です。 当然といえば当然ですが、 冗談でもなく真面目に書いてます。 創造とは常に再現にありました。 花形装飾活字でさえその例外ではありません。 原点があって人の理解がある。 以前にグラフィックデザインとは搾取であると書きました。 それに加えてデザインとは汲み取るという事。 デザインは再現でさえない。 限定的なチョイスから生み出される美の共有。 これがデザインの正体だ。 だからこそシーンが必要なのだ。 何故なら共有だから。 現在のグラフィックデザインの不安定な感じは其処にある。 のは、話が変わるからいいか。 何故なら共有だからです。 可能性でもあるのですね。 つまりデザインとは可能性にこそある訳です。 デザインをするという事は可能性を模索するという事。 そして花形装飾活字に戻ります。 デザインするという事ととシーンであるという事。 この2つを花形装飾活字に委ねた場合の可能性とはなんなのでしょう。 ずばり「花形装飾活字」を的にする訳です。 あ、「花形装飾活字」が的になってもそろそろいい頃だよねって話。 こんなに素晴らしいものをこのまま古びかせて捨て置く事はなかろうて。 ただ花形装飾活字として扱ってしまうと失敗で、 それに、 花形装飾活字そのものを作る行為はデザインとは言えないのですよね。 デザインが可能であってもシーンとは言えない。 じゃあ、どうなのよ!? は続きは蓋を開けてからにしておきます。









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