花形装飾活字を愛でる その88

それは与えられたクリエイティブですか? もしくは必要とするクリエイティブですか? 誰かに頼まれたクリエイティブですか? 誰かと共有しているクリエイティブですか? 自分の為のクリエイティブですか? モノを作る時に望ましいのは限られた飽和状態を作るという事です。 とくにデザインの場合は、 コップ半分の水を満杯にする事は出来ません。 もししたとしてもそれが満たされたクリエイティブと言えないからです。 せいぜい満杯の表面張力ギリギリで、 そこからこぼれ落ちる水滴ぐらいは拾えるかもしれません。 よく考えなければなりません。 今、目の前の作らなければならないものは、 本当に必要なものでしょうか。 実は不用で役に立たないものではないでしょうか。 役に立つもの立たないもの、 必要なもの不要なもの。 その基準は何がどこで満たされるというのでしょうか。 どうしても、 クリエイティブを中心に考えるから合点がいかないのです。 重要なのは要素です。 そのコップに満たされている水こそが、 クリエイティブの源泉でもあります。 繰り返しになりますが、 とくにデザインの場合は、 一言で書くと「統合主義」ですから、 せいぜい表面張力の滴り落ちる水を啜るくらいの事しか出来ません。 単に職人的な考えや意識の向上は、 デザインという作業の前提では不用で無駄なものという、 位置づけであるとしか言えない訳です。 その中には意志や意見、 ましてや奇抜やアイデア、 こだわりなんてものは捨てなくてはいけないのです。 デザインとはクリエイティブを行う上での手法や考え方の1つでしかありませんから、 そこには個が存在してはいけないのです。 そして重要なのは「要素」です。 あ、もう1つ、 デザインは「決める」という言い方も出来るかもしれません。 随分前に、 デザイナーは日常で「意識」しない瞬間がある事を恥じなければらないと書きました。 それこそがより良いフォローの実態であり、 デザインの根本でもあると考えています。 デザインが必要で困っている人にこそデザインは必要なのです。 それに気付く事がデザイナーの技量であり、 その必要としている要素こそが、 デザインをするという事になる訳です。 大切な事は、 それ以上の行為は有難迷惑であり、 つまり、 役に立たない不用なものであると言えるのです。 そうならないように、 心地よい丁度良い具合を考えるのがデザインであり、 決して、 デザインとはこういうものなんだよなんて言うアンポンタンがいますが、 それは本当に大きな勘違いであり、 デザインの質とはなんら関わらない影響のないものであるのは、 キチンと理解しなければなりません。 あくまで要素ですから。 あれはデザインでこれはデザインではないという言い方は変なのです。 ただ、 必要なデザインか、 不用なデザインか、 役に立つデザインか、 役に立たないデザインかは、 要素を見極めるデザイナーの技量そのものであると言えるのです。 そこに圧倒的な違いが出るのだと思います。 と、 言ってもこれから、 デザインはどうあるべきなのかとか、 社会的なデザイン批判を繰り広げる訳ではありません。 さーていよいよ花形装飾活字。 次回へ続く。









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