花形装飾活字

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石川 加奈子
桑沢デザイン研究所3年在学
浅葉克己ゼミに所属し、タイポグラフィを中心にデザインを学ぶ。
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 花形装飾活字とは、西洋の活版印刷で伝統的に使われてきた、花や模様の形をした活字を指す。正直にいえば、これまでに見覚えのあったそれらの装飾を、花形装飾活字と呼ぶことを最近まで知らなかった。唐草模様のような、ロマンチックな、そして古典的な装飾としてしか認識していなかった。自らデザインを考える中でも、模様としての意識はあっても、それを今度は活字だという認識が欠落していた。そうか、あれは活字だったのか、と今回初めて思った。印刷の歴史を遡って考えてみれば自明の理でもあり、恥ずかしい限りである。

 この花形装飾活字を、誰が、いつ、どのような形で作ったのかということは、いまだ解明されていない。活版印刷より前の書物の装飾方法は、手書きによる彩飾であった。そこから、文字部分を印刷した後、空白にあけられた装飾部分に手彩飾師が装飾を施すようになり、更には、金属で作られた文字活字と木版に彫られた装飾模様が一緒に印刷されるようになる。時は15世紀後半であった。1476年にヴェネツィアのエアハルト・ラートドルトによって印刷された『暦』の第三版で、木版印刷によって装飾されたタイトルページが現れる。続いて1478年、ヴェネツィアから西に100kmほど離れたヴェローナで、枢機卿ドメニコ・カプラニカが著した『往生術(Arte de ben morrie)』。これにはじめて金属活字版用に鋳造された花形装飾活字が、書物の印刷に用いられている。このとき、装飾は単独で用いられるものであった。これが更に進化し、並べることによりパターン構成が可能なユニット式の装飾活字が、1550年頃ヴェネツィアの印刷者ガブリエル・ジョリートによって用いられたという。ユニット式になることで、組み合わせ方により文様のバリエーションを無限に作ることが出来るようになる。当時のヴェネツィアは、水の都として東西交易の要所であった。そのため古くからイスラム文化が流入していたこの都市が、活版印刷術と装飾との交わりの原点となったのである。ここから花形装飾活字は、ヨーロッパ主要出版都市へと伝播し、書物を華麗に彩りはじめた。
 そしてこれが日本に伝わるのは、時を経て明治期になる。活版印刷とともに導入され、書物の装幀や扉ページで盛んに用いられた。ヴィクトリア朝の花形装飾活字は、日本の新しい時代を切り開こうとする書物の表紙やタイトルページ、広告に多用されていた。特に、明治時代の東京築地活版製造所をはじめとする活字製造会社や、活字版印刷所の活字書体見本帳では、文字活字以上にページがさかれ、花形装飾活字や装飾罫が掲載されていたのだという。

 しかし現代の日本において、花形装飾を目にする機会はあまりない。それは主に古本になってしまって、新しい印刷物の中にそれを見つけるのは難しい。それはなぜなのだろうか。あくまで私の印象にすぎないが、今のデザインは、まずシンプルであること、そしてオリジナリティのあるデザインであることが重視されていると思う。そしてデザインソフトの普及によりデザインの垣根が低くなっていることもあり、過去を踏襲しない、自由もしくは秩序のないデザインが増えている。そういったものに慣れている目で花形装飾活字を見ると、その曲線の造形の美しさと、それを組んだ時に見られる秩序に目を奪われる。きちっとしている、襟を正されるような心地がするのだ。そしてそれが心地よい。それは私が意識していなかった、活字であったところから来ているのだろうと思う。もともと文字とともに使うためにあって、そのために方形におさめることを意識した形なのだ。
 花形装飾活字の魅力は、本来的に活字であることの多目的な性質を有し、「テクスト読解を妨げることなく紙面に優美さや品格をもたらすタイポグラフィカルな修辞法として成立している」(アイデア325号P.006)ことにある。そして、「機械的な情報伝達効率だけを追求するのではない、人間中心的な文化も尊重した」(同)ゆえに、20世紀初頭にスタンリー・モリスンらにより復活が成ったということにも魅力を感じる。同時期に、建築家アドルフ・ロースによって表明された「すべての装飾は罪悪(犯罪)である」という見解や、無装飾に代表される近代デザインの思想が色濃く引き継がれている今、「機械的な情報伝達効率だけを追求するのではない、人間中心的な文化も尊重」することをもう一度考えてみたいと思うのだ。

 調べていく中で私が面白いと思ったことは、印刷において花形装飾があまり意識されずにいた、という点だ。
 「天飾り、口絵、章末装飾カットに使われる花形装飾は、それらを構想して組み上げることに取られるかなりの手間と時間を考えると、これから先、英国、フランス、ドイツでも長くは用いられないだろう。使用する余地がないならば、その魅力を実際に作例によって示せる人がほとんどいなくなり、いずれ使われなくなることは道理であろう」(アイデア325号P.085)
というように、1771年にラッコンベの『印刷史』に述べられており、花形装飾は当時から歴史的な意義を見られることがなかったらしい。しかし歴史的な意義がない理由を述べたこれを現在に当てはめると、とても可能性のあるものに思える。構想にかかる時間は変わらないから省くとして、DTPにより組み上げる作業にかかる時間は短縮されているだろう。あとは魅力を作例によって示すことができれば、花形装飾は再生されるということになる。

 いま私が関心を持っていることの一つに、文字の語源がある。花形装飾活字で言えば、プリンターズ・フラワーという呼び名もある。その意味は、印刷工の花。さらには、プリンターズ・オーナメント、フローラン(仏語の花を意味するフルールからの派生語・小花形装飾の意)、ヴィニェット・ド・フォント(仏語で鋳込まれた小さいブドウ唐草の意)、レスライン(独語で小さなバラの花の意)などとも呼ばれる。花形といっても、花という総称であったり、ブドウやバラと表現したり、少しずつ異なっていることが興味深い。また素直に、印刷工の花であったということを微笑ましく思う。
 ここでブドウやバラがでてくるのは、象徴的活字としての花形装飾活字があるからだ。花形装飾活字を大きく分けると、自然形態を具象的に模したものと、それを抽象化して様式化したものの二種類になる。また、装飾に意味や原義をもたせた象徴的装飾と、造形美を基準として形づくられた美学的装飾にも分けられる。象徴的装飾は、アカンサス、バラ、棕櫚、百合、ブドウの葉と蔓、クローバー、柏、樅、柊などの植物から得られた形象が代表的で、これらは、生命、信仰、豊穣、慈愛など、古代信仰やキリスト教の教義と切り離すことのできない原義をもつ。
 だがこれはあくまで原義の話で、日本で一般的に唐草模様と総称されるアラベスクは、意味を失ったことで普及した。ブドウ唐草や花唐草などをあらわしたつる草模様は、欧米ではアラベスク(アラビア風のつる草模様)と呼ばれて、古くから生命の象徴として尊ばれた。アラベスクは、古代エジプトから、ペルシア、インド、中国とシルクロードを経由して東方へと伝播していく地理的な道程と、ギリシャ、ローマ、ビザンティン、ロマネスク、ゴシックなど西洋の歴史を経ていく時間的な道程の両方を経ていた。そしてその長い旅路のあいだに、次第に象徴としてのアラベスクの原義は薄れていったため、アラベスクはとても使い勝手のよい装飾となったのだという。意味を失ったアラベスクは、活字書体のように言語、民族、宗教、時代性などの影響をもはや受けることはなかった。そして西洋と東洋の折衷形態として、あるいは植物形態としての具象化と、装飾模様としての抽象化双方を併せ持つ造形として、今に継がれている。

 色々書いたが、単純に花形装飾活字を使ってみたい、という思いでここまで述べた。くるんくるんと植物的で流動的で、美しい。せっかく現代で、せっかくパソコンというツールがあって、花形装飾活字というお宝と出会ったのだから、規則的に整然と並べたり、組み合わせの妙を探したり、回転したり重ねてみたり、とりあえず愛でてみたいのだ。もちろん金属活字でも、いつか組む機会に恵まれたらと思う。どんな文章と、どのような組み合わせであわせたら美しいのか。アルファベットもしくは日本語との組み合わせしか見たことがないが、他の文字と組み合わされたらどうなるのだろうか。アラベスクの由来からいけば、さぞアラビア語との親和性は高いだろう。乱暴なようだが、ただ組んでみたいのだ。さながら好きになった人の経歴を知るように、それがどこからきたのかを探して、それを使ってみたい理由を言葉にするなら何になるだろう、とひねり出した3500字だった。まだ出会って間もなく、まだまだ知らないことばかりで稚拙なレポートであることはお許し願いたい。


参考文献/
アイデア「花形装飾の博物誌」誠文堂新光社 2007年11月号
欧文書体百花事典 組版工学研究会編 朗文堂 2003年










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