花形装飾活字を愛でる その118



何故、この形に至ったのでしょうか。 その事について触れていきたいと思います。 最初の方のデッサンは、 ごくごく有り触れた形を作り続けました。 まずイメージを落とし込む作業から開始し、 雲や星、花火や植物、風景、月、建物、家紋…etcetcetcetcetc........ 日本語そのものの装飾性とダブらないイメージの在り方を探りました。 難しいのはオブジェクトの構築時にどうしても装飾性が発生するという事です。 どのような形にしろ「飾る」意識では日本語と重なってしまう上に、 上手く形にしたとしても整理性の部分として劣ってしまい、 単なる挿絵のようなものになりました。 そうやって、ありとあらゆる形を描き続けていると、 気になる形も出現し始めます。 それは「楕円」でした。 それも完璧な「楕円」ではなく不完全なものが良い事にも気付き始めます。 たしか、ちょうどこの時くらいが茶室の現象にも気付き始めた頃だったように思います。 ただそのままだと個々が独立し意図が汲まれたとしても、 花形装飾活字として生きるかどうかという点においては、 質が低くなると判断しました。 それに加え、 当初は鉛筆でのデッサンをおこなっていましたが、 この頃から筆と絵の具(黒に近い青、ほとんど黒)でおこなうようになっていました。 何を直線とし何を曲線とするか。 そこには鉛筆では意識できないものがありました。 筆だと線が太いのです。 形を描く場合に鉛筆だと往復しなければならない。 が、筆だといわゆる一筆で可能になる場合が多い。 それは書の動作に近づいていく事になります。 形を作る上での意識の変化は、 根本的な考え方を変える事になります。 その変化はすぐに現れました。 それまでは1つのモチーフの元に描く作業でしたが、 1つの出来上がった一筆に対してどのような事が起こるのかという事に集中し始めました。 筆で楕円を書き続け、 心地いい気になるものに関連性や形を加えていく。 木を植えたり、 草を生やしたり、 石を付けたり、 雲にしてみたり、 風景として組めるようにしてみたり、 いろいろ試した結果、 辿りついたのがこの形「水草」です。 石を表現した訳でもなく、 水草を表現した訳でもなく、 全てを統合した美意識としてのオブジェクトとしました。 あれだけの画像と文章でこれを見抜いた方がおられて、 マジでスゴイと思いました。 ずばりその通りです。 「芽生え」「苔むす」(言葉借ります)といった日本独自の感覚の要素を、 具現化しグラフィック化したのがこれです。 囲う方法論とは逆にというのも後々書いていきます。 それが組まれて、 実際に紙に印刷されるという事は、 今まで日本画や友禅のような伝統様式をグラフィックデザイン化したのとは別に、 新しいグラフィックデザインのローカライズとしての提案を、 つまりグラフィックデザイン出来たのだと考えています。 これはもう自惚れですが自画自賛させてください。 それをもう一度、 印刷という技術の元に花形装飾活字として達観できた事は、 逃げずによくやったと褒めてやってください。 さあ、元は出来ました。 次はどのようなエッセンスのものを用意するべきか、 どのような組み方を誘導すれば、 日本の庭の在り方を花形装飾活字に変換出来るのでしょうか。 次くらいからいろいろ繋がってきます。 次回へ続く。









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