花形装飾活字を愛でる その133



「対岸」です。以前に庭石と表現していましたが、 感覚的にお解りいただけますでしょうか。 つまりそういう視点での作法なのだとご理解いただけると助かるのですが、 前回の「波紋」もそうですね。 「水草」は現象を引き起こす、 きっかけにしかすぎず、 現象そのものは紙面の空白にこそ起こっています。 そして改めて「対岸」です。 なぜ「対岸」にしたかというと、 受身の配置として使われる事を想定しているからです。 画像のように、 右側の「対岸」という文字を囲むように配置していますが、 「波紋」が現象において内と外の紙面に関連性を与えるのに対して、 「対岸」は内と外との関連性をシャットダウンし、 外の現象をまるで「対岸の火事」のようなスタンスで内の空間を作り出すところに、 「波紋」との圧倒的な違いがあります。 この違いは2つを同居させる事で、 紙面上に思いもよらない化学変化をもたらすのですが、 それはまだまだこれからゆっくり解説していく中で書いていくとして、 まず、 この画像で感じ取って欲しいのは、 ガッチリと固まった内側の空間に対しての、 外側のなんとも不安定な流動的な空間の存在です。 不思議でしょう??不思議なんです。 これって面白いのは、 紙面の比率がどうやら関係しているようなのと、 情報の配置する位置にも関係がありそうです。 これはイメージの問題ですが、 日本の庭に置き換えた時の視点で見れば合点がいきます。 日本の庭の多くは、 この「対岸」の在り方を再現してる場合が多いんです。 例えば縁側から庭を見た時の広がりというのは、 いわゆる紙面の流動性に似た不安定な要素の中に道筋を作りだしているんです。 縁側にしろ庭側にしろ、 お互いに対岸のような関係にあるという事です。 これは実際に日本庭園に行って体験した事なのですが、 家の中にいる時は庭はあくまで外界であり、 逆に庭に入った瞬間に家が異質な存在となって現れるようになっているんです。 あの感覚というのは、この水草でも同じ事が言えます。 今回は「対岸」による配置を1つしか配していませんが、 これを対称になる方向に配する事で、 どうなるのかはご想像にお任せします(追々書いていきますが)。 あ、 ここで1つ大きなポイントがあります。 これはとくにどちらを水面にするという設定ではありません。 内側を水面でもいいですし外側を水面でもいいです。 それは組む側の発想のキーとなるというだけの事なので、 ずっと書いていて何度も書いていて申し訳ないんですが、 この「水草」は具現的なものでも抽象的なものでもありません。 日本の美意識の元で設計されたものです。 芽生え、苔むすのような日本独特な感覚での使用が、 この水草を生かす重要なポイントとなっています。 あくまで要素です。 紙面に与える現象でしかないというものであり、 そこらへんのとこ興味がありましたら、 この水草の解説が始まる件から読むのがいいかもしれません。









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