花形装飾活字を愛でる その184



うむ、やっぱこれは使いやすいなあ。なんというか組むのが凄く簡単。単一の版でも向きを変えれば充分にランダム性を得る事が出来る。紙面に凄く馴染む感じなんだよね。主張しすぎないとことか、どんな場面でも使える。しかも形状は古典的だから、時代性もテイストもキチンと出る。スゲーなあ。やっぱ、世の中、上には上がいる。まあ、1つ欠点を言うなら特徴が無いというところだと思う。全ての花形装飾活字機能の平均点がこれに込められていると思う。それくらい、今まで見てきた中で総まとめ感が満載だし、ああ、最後の花形装飾活字なんだなwってマジで思えるもん。発展途上でも先進的でもない、成長しきった感じがヒシヒシと伝わってきます。だからこそのこの細かさでの、本来の花形装飾活字的な意義をお座成りしつつ成り立たせれてるんだろうなあ。まさしくきっちり花形装飾活字を「グラフィックデザイン」してる感じ。まあ、本当に形状はよくある感じなんだよね。細かいニュアンスも含めて。何がいいか。それは、サイズと密度かな。まずサイズがいい。それは多分、刷る紙のサイズや印刷機が一定の技術の中で規格化されてきた時代というのもありそうなんだけど、よく考えられている。とくに書籍や、手元で展開する紙媒体には圧倒的な能力を誇ると思う。後は密度、めんどくさくなく、物足りなくもなく、ほんまちょうどええ女って感じの密度です。凄く付き合いやすい。見ててカワイイ。手にしたい。そういう感じです。それが全体に渡って整理されているのは素晴らしい事だと思います。ずばり、これはグラフィックデザインが施されている証拠ですな。今回書きたかったのは、正しく時代を経たものってあると思うんですよねって事。その正しさの基準は個人的な主点でしかないんだけど、なんかいい感じで時代を経たものってあるんだよね。今の日本には凄く少ないけれど、でもちゃんと調べたり気付いたりしていくと目に入るし、生かせていけるはず。ああ、これは時代を経てないよなと。今となっては、もう一度始めからなんて絶対に無理な事だし、どちらにせよ先人が編み出したものを利用しない手はない。個人の意思とか個性なんてよりも、それらは汲み取る事で圧倒的な個性になって返却されるんだよね。それにまず気付かなきゃいけないし、ボクは気付きたいなと思って、この花形装飾活字をこうやってクローズアップしてるんだけど、ここまで時代を経てしまうと、全てを掬い取るのは無理なんだよね。あれれ、前回と良く似た流れになってしまった。あ、でも続き的な感じになってるか。そう、無理なんだよね。だとすれば掬い取るべき対象は限られるのかといえば、そういう事じゃない。重要な事はなにが新しくなったかではないかな。もしくは、その全てを知った上で、なにが新しく知識としてインプットされたかというところじゃないかな。そのフィルターを通す事で出てくる一言目が重要なのであって、それが何かという事をキチンと認識しているという前提が、より可能性を広げるような気がします。キチンと知る事。そしてそれが今どういう状況に置かれているか。その都度の感覚で見れるかどうか。そこが大切だと思うんだけど、このブルースロジャースの花形装飾活字はそこらへんのところキチンと出来てるような気がしてるんだけど。実に思慮深く、その時代をキチンと反映したものを作り出してる。もちろん、当時という意味です。だから、ボク達にはボク達の作れるものがあるはずなんだよ。今はそれが凄く見つけにくいだけ、過去が膨大にありすぎて、その拠り所が見つけられずに、ただ、空白を行なっているだけのような気がする。なんていうか、幾らかの恩恵は受けているはずなのに、何か繋がっていない感じ。これはホント考えた方がいいし。ボクはこれからもこれについては花形装飾活字に限らず見つけたいと考えてます。この花形装飾活字を触っていると、凄くそういう事をフワフワと思い描いてしまいます。









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