花形装飾活字を愛でる その189



水草は20代の全てかけた制作でした。この価値は揺らいでいない。自分が作りうるモノの中で、もしくは、自分が作りうる花形装飾活字の中で、多分、これ以上のものは出来ないと思う。それくらい、ずっと輝いているし素晴らしい。ええ、自画自賛ですが、どんなにシステムや装飾を欲張ったところで、この水草には軽々と追いつかないんじゃないかな。先のOLDTYPE001にしても、たしかに素晴らしいものだけど、装飾のパターンという領域からは飛び出る事は出来ていないし、なんしかあれについては古典的なものでしかないという制約の元で成り立っているんだよね。水草そのものにはパターンが無い。何故なら装飾ではないから。単に、イメージの階層をコントロールし、その紙面における感覚を理屈じゃない部分で研ぎ澄ましたものだからです。模様ではない構築と、装飾ではない彩りは、かつてないパターンを可能にしています。「意識」しないで並べる事の出来る、価値や時間に縛られない新しい装飾。ただ、存在としてあるという状況、無意識でありながら、導かれる状況。そして文字という意味を与える事で、成立する紙面。全てが無作為であり、それを意図という言葉でくくってはいけないのです。これは西洋の美意識の一切を切り取った「装飾」であり、これこそが日本という美意識においてグラフィックデザインという概念を実現する可能性だと感じています。何もないという事。空間そのものの演出ではなく、何も無いという空間を作り出す事。それが水草です。この感覚を是非味わって欲しい。よくこの水草はわかりにくいという感想をいただきますが、それはわからないのであって、単に初めて触れて、見るものだからだと思います。ここでは少し価格の高い設定にしていますが、この感覚を得るには安いと思います。もちろん活用出来る可能性も含めて。どうぞよろしく。









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