花形装飾活字を愛でる その198



「水草」と「みずくさ」は表裏一体、同じ構成要素で出来上がっている。イメージの階層でいうなら、目に入らないものという表現の方が正しい。「みずくさ」の解説の時にも書いたけれど、一連の平仮名に対する意識というのは、やがて「水草」へと繋がるのは言うまでもない。形を成しているが、それが伝えるのはモチーフではなく、道しるべのようなもの。音にならない音。それは水草が字ではなく形であったとしても認識した事がないという事で、波長を図に表したような目で認識する固体。これがボクの提唱する新しいグラフィックデザインです。紙面上の音という考え方です。物質で言えばレコード盤のようなもの。ただそれはプレイヤーという機械があって初めて成せる技であり、音そのものを限りなく近く再現したものであって、この紙面の音というのは、視認出来る音の事を指します。何を見るか、それを何と見るのか。これは限りなく東洋、とくに日本のグラフィックデザインの為の提示であり、従来の花形装飾活字が西洋的なグラフィックデザインなのは言うまでもありませんが、これこそが、私たちが扱うべきグラフィックデザインの在り方なのだと信じています。何故、ボク達には土壌がないのか。これがボクがグラフィックデザインに対した時の初めての疑問でした。学問ではなく、技術ではなく、生命としてグラフィックデザインに対するという事はいかなるものなのかという、行き着いた1つの答えなのです。島の外の文化を常にリミックスをし、常に良い様に使ってきた日本人だからこそ出来るグラフィックデザイン。単に輸入してきてそのまま使うのではなくって、自分たちの土壌から出たものを平仮名が作られたように、グラフィックデザインも生み出したという訳です。

『フェイスブック版「花形装飾活字を愛でる」よろしくお願いします。とくにfengfeeldesignにてデータを受け取っていただけた方の使用レポートや、質問、ご相談を投稿していただけたらなと思ってます!お待ちしてます。 http://on.fb.me/g3qecm









最新のLOG
Facebook版「花形装飾活字を愛でる」はこちら

http://www.fengfeeldesign.org/