「私のグラフィックデザイン」

市立豊中病院 医療情報室
看護師
染谷 裕

 グラフィックデザインとは、主に平面上に表示される文字や画像、配色などを使用し、情報やメッセージを伝達する手段として作成されたデザインのことと、ウィキペディアには定義されている。
 何から書き始めようかと頭をめぐらすが、これというキーワードは見つからない。そこで、今回要望された「家業である看板屋と幼少期の体験」についてから、書き始めることにする。  私の父親は、看板屋だ。叔父と一緒に看板屋をはじめ、私が生まれるころに独立し、現在も変わらず、看板屋を営んでいる。私と兄は、幼いころから、看板搬送用のドロドロに汚れた毛布にくるまって、シンナーの臭いで満たされた工場の隅っこで、横になって父親の仕事を見てきた。父の手は、いつもペンキと鉄粉にまみれていた。口数は少なく、黙々と働く父の姿は、まさに職人と呼ぶにふさわしい姿だった。
 看板といっても、小さな店先におかれた、木枠にブリキ板を打ち付けた簡素なものから、樹脂をプレスして作る大型のファミリーレストランのような看板まである。時代は変わり、今はLEDを使ったものまで、多種多様になった。
 幼いころの父のイメージは、ペンキで板に直接文字を書いていく、筆を口にくわえながら、少し離れて全体を眺めながら唸っている。普段の文字は、お世辞にも上手とは言えないが、ペンキと筆を持てば、ほとんど下書きらしいものがなくても、すらすらと、ゴシック、明朝、行書とかき分けた。いつも水平や、直角、左右のバランスに注意を払い、すべてのもののバランスを、逐一細かくチェックしなくてはならない、困ったところもあった。しかし、子供心に、世の中は直線と曲線でできていて、直線は水平と直角のルールに従っているのだと学んだ。自然に、自分自身の中で、直線を水平に保ち、直角を正確に測る身体感覚が身についた。これはまさに、父の英才教育だったのだろう。
 父の作り出す文字は、ほぼフリーハンドであるとは思えないほど正確で、絶対のバランスを保っていた。角の処理の仕方や、はらいの角度、とめの形。すべて、父の文字で覚えた。いつのころからか、父の見よう見まねでレタリングをはじめ、小学校3年生のころには、ゴシック、明朝は自由に書けるようになっていた。
カッティングシートが徐々に主流になって、紙にレタリングしてた文字をシートに張り、カッターで文字を切り出すようになった。このころから、母がカッティングシートの切り出しを担当するようになった。母は、もともと美容師であったが、私が幼いころに専業主婦となっていた。私も母と一緒に、文字の隙間のいらないシートを切り出す作業を、よく手伝った。一色のカッティングシートから、文字がくっきりと切り出されるのを見るのは、とても楽しい。この切り出し作業も、どんどん機械化され、Illustratorで作成された文字を、カッティングマシーンで切り出すようになった。そうなっても、この作業の担当は母だった。カッティングシートが主流になるにつれて、父が文字を書く姿を見なくなった。しかし今でもよく覚えている。父が書く文字を。私自身のデザインの基礎は、父の文字にある。白いブリキの板の上に、すらすらとペンキで書き出されていく文字達。くっきりと、そしてぽってりと塗り描かれていくペンキ。色のコントラストだけでなく、塗られた部分の筆が描き出す細かい描画。小さな気泡。カッティングシートでは作り出せない、手作業だからこそ生じる、若干の曖昧さが、デザインに人間味の暖かさを生み出す。私は、あのペンキで書かれた文字の、筆の動きをじっくり見ながら、文字を美しく見せるバランスを学んだ。線と文字にこだわりを感じるようになったのは、まさに幼少期の父の書く文字に影響を受けているのだろう。
父は、自分から私に何かを教えてやろうとすることはなかった。しかし、私がこれを作りたいというと、あれやこれやといろいろなものを持ってきて、作り方を教えてくれた。小学校のころは、アクリル板を文字の形に電鋸で切り出したり、箱を作ったり。木で椅子を作ったり、特別図面を引いたり、完成図を書いたりすることなく、思いつくままにいろいろなものを作り出した。正確な文字を書くという行為とは対極の、ただ自由に作りたいものを形にする作業だ。幼いころは、よく一緒に設置現場に出かけて行った。大きな看板をトラックに乗せ、夜中にガタゴトと大きな音を響かせながら現場へ向かう。大きな重機を使いながら設置する。現場にいるだけで邪魔になるのに、あれやこれやと手伝わされて、何だか自分も一緒にそれを作ってきたみたいな一体感を感じた。これといって何も手伝うこともできていないのに、アルバイト代をもらって、わけのわからない満足した達成感を味わったことをよく覚えている。
最近では、LEDを利用した看板の作成に力を入れている。ガソリンスタンドの入り口でよく目にする、ガソリンの値段を表示したLEDの立看板。父はこれを初めてLEDで作ったのは俺だと自慢している。どこまで本当の話かは分からないが、うちの主力商品になっているのは間違いがない。心斎橋のエルメスの看板を下請けで作ったというときには、家族みんなで夜中に心斎橋まで出かけていき、閉店したエルメスの前でビルの天辺に設置された看板を眺めている、変な集団になった。大人になって、気難しい父とはあまり話をしなくなったが、自分の仕事のことを語る時の父は、昔と全く変わらない。自分の信念と誇りを持って看板を作っているのがよく伝わってくる。
父方の祖父は、売れない日本画家だったらしい。私が生まれる前に亡くなっているため、私には面識がない。しかし、家には祖父が書いた馬の絵が飾ってあった。力強く、たくましいその馬の絵は、今にも抜け出してかけていきそうだ。父はよく、自分には絵の才能がないと話していた。確かに、父が絵を描いているところは見たことがない。看板の図面を引いていることはあっても、デザイン上の簡単な絵であっても描くことはなかった。昔、そばを食べてる子供の絵を描いてくれと、父に頼まれたことがある。注文を付けられるままに、てきとうな絵をかいたが、数か月後には工場の近所の蕎麦屋の看板に、私の書いた絵が描かれていた。
絵を描くこと自体は、昔から好きで、子供のころは暇があれば紙に落書きをしていた。水彩やパステルなどで色を乗せ、作品として仕上げることもあった。しかし、絵に関しては兄に勝つことができなかった。他においても、殆どのもので兄に勝つことはできなかったのだろう。何もない紙の上に、子供から年寄まで、多様な人物を描き出す。兄は今、漫画家をしている。特定の趣味を持った成人限定の。兄は高校中退ののち、大検を取得してデザイン系の専門学校で漫画を学んだ。漫画だけでなくデザインに関しても、自分の考えを熱く語る。かなり自分の好みに傾倒していると感じるが、作品に対するこだわりに関しては、とても共感するところがある。父とはいつも衝突しているが、やはり親子だと感じるほどに、お互いに自分の信念を曲げようとはしない。仕事に対するこだわりの部分になると、だれも止めれないほどにヒートアップしてしまう。デザインや、ロゴなどに対するものでも正面から意見をぶつけ合う。本当にこの二人は似た者親子だと感じる。私自身は、結局のところ、作品を作るという立場にいないのがやや離れた位置からの目線になるのか、少し離れたところから眺めてしまう。本心では、二人と同じようにモノづくりの立場でいたいという思いも持ちながら。
父の書く文字から、母の切り出すカッティングシートの文字に変わり、私の関心は、Illustratorに移った。簡単に文字を画面上に書き出し、簡単に伸ばしたり広げたり、微調整から、独自のロゴ作成までが面白いように出来上がる。見よう見まねで触っていても、うまくいかない。
Illustratorに関しては、いまだに母にはかなわない。母には、美術的なセンスがない。文字の間隔をどれくらいとればいいのかなど、考えることはほとんどない。しかし、職人としては逆にそれでよかったのだろう。父の持つ文字のイメージを母が言われるとおりに書き出す。文字について神経質なまでにこだわる父と、全くこだわりがわからない母が、二人で作るからこそ父が今まで手で書いてきた文字の代わりになった。
Illustratorを使うようになり、私自身、発想の幅が広がるのを感じた。紙の上に書き出すには、必ず紙のサイズという限界がある。しかし、デジタルの世界では、物理的な限界はないに等しい。手書きでは難しい直線も、直角も正確に書き出せる。デジタルは、私の中のデザインに対する欲求を満たしてくれるようになった。デジタルであれば、テキストを見ながら、自分の作りたいと思うデザインや画像を、自分の手で作り出すことができる。
Illustratorでいろいろなデザインを試行錯誤しながら作るうちに、自分の中にあるもやもやするものに気が付いた。それは、形をとどめない雲のようで、払いのけようとしても払いのけられない煙のようなものに感じた。Illustratorを使うことで、誰かの真似事を簡単にできる。でも、全部が誰かの真似事でしかなく、初めから自分自身で作り出したものがない。デザインだけでなく、紙に書く絵ですらすべてが真似事だった。結局、私には、人の真似事しかできないのだということに気が付いた。それはデザインや絵を描くことにとどまらず、音楽活動をしてみても一緒だった。幼いころから、ものを作り出すことの素晴らしさを知り、自分自身で何かを作り出したいと願っていた。心のどこかで、自分はそういう世界で生きていきたいと願えば願うほど、人真似だらけの自分の作品が嫌いになっていった。だから私は、そういったひらめきを自分の力で形にする人たちとは違う世界で生きる道を選んだ。
医療の世界には、ひらめきで作られるデザインは存在しない。すべてが計算されて、人間工学や、ユニバーサルデザインというような、科学的に平等で利用者優位のデザインでしかない。作成者の意図を伝えるために作られたデザインは、医療の本質に反するからだ。医療の本質は、患者などの対象の欲求にある。与えての意図を押し付けることは、言ってみれば悪になる。ある種、押しつけ的な美術的感性の入り込む余地はないのである。
また、実際に医療の中で働くとわかるのだが、医療にかかわるデザインは医療従事者が行うものではない。医療従事者は利用者であり、仲介役でしかないのだ。他人のデザインに囲まれた世界。自分自身は、ルールに従い行動すればいい、管理された世界。その中にいることは、美術とは対極の世界にいるということだ。ある意味、それは潔く、心地よい。
しかし、看護を行うということは、とてもデザインに似ている行為だと感じることがある。「看護をデザインする」、「看護はアートだ」ということがある。看護師が行っている業務のほとんどが、看護師以外の職種でも行うことができる。言ってみれば、看護師は医師や薬剤師、介護福祉士、栄養士などの業務の一部分を担いながら、1つの業務体系を形作っている。これらも、もともとは看護師が独自で行っていたことを、そのジャンルにおける専門性を高めるために、後になってから職種として独立したものもある。そのようなポジションで、看護師が看護学という独自の領域を保証するために、何を行ったかである。それは、患者を中心にした医療従事者のチーム医療を調整し、患者へのケアをデザインしたのだ。なんでもない、体をふくだけの行為に看護としての意味を持たせ、ケアとして提供する。そういったケアの積み重ねで、対象に働きかけたのだ。それだけでは何の意味もない、線や余白に意図を持たせてデザインする行為に、看護はとても似ていないだろうか。美術とは違う環境の中で、私は看護師というデザイナーになれたのかもしれない。
看護と出会うことで、いつのころからか心の中にあったモヤモヤしたものから、解放された。しかし、モノづくりへの欲求は抑えることができない。幼いころより、なんでも自分で作ることを両親から教わった。食べたいものがあれば、自分で作る。おもちゃがほしければ、自分で作る。そうやって私は育ったからか、誰かが作ったと聞くと、自分にだって作れるはずと思って、じっとしていられなくなる。だから、とにかく作る。人の真似事がとにかく得意だということ、物事を順序立てて考えるのが好きだということ、どのような工程で作られているのだろうと考えるのが好きだということ。すべてが、人真似手作りに向いている。私は、自分自身を「手作りマニア」というポジションに置くことを決めた。私はクリエイターではなく、ただの手作りマニアだと。1つのことを突き詰めていって、それで食っていけるほどの根気も、情熱もない。それでも、自分で作ってみたいという欲求は、あふれんばかりに持っている。その方向性は、食べ物から編み物、服飾、日曜大工まで幅広くなっていった。
作るということと同時に、デザインされたものの意図を読み解くという楽しみも見つけた。自分自身がそうであるように、すべての線には意味があるはずだし、形状や色の選択などにも、複雑に絡み合った意図が存在するはずだと考えながら眺めるようになった。それが商業デザインであれ、そこには意図があり、目的があるのだ。
こうやって、自分自身とグラフィックデザインのつながりを見つめなおしていくと、不思議な感覚を覚える。やはり、私自身はグラフィックデザインにかかわっていたいのだということ。美しいものは好きだし、きれいなものが好きだ。理路整然と整えられたものが好きだ。釈然としないが、どこか物憂げで何かを語りかけてきそうなものが好きだ。何かを伝えたいのに、鬱々と内に秘めて、今にも爆発してしまいそうなものが好きだ。今現在の仕事が向いていないというつもりはない。しかし、自分自身の本質は、やはりモノづくりの精神にあるように思う。その目線で、改めてグラフィックデザインについて考え直してみたい。自分自身の内側にある原点を見つめなおす意味を込めて。
私自身の、「デザイン」の原点にあるのは何だろう。それは、紙と鉛筆だ。いつもここから出発してきた。紙ほど包容力のある媒体はない。白い何も書かれていない紙。紙は、白く無限の奥行きを持っている。子供のころ、新品の自由帳の表紙をめくる、目の前に白くてきれいな紙がある。めくっても、めくっても白い紙。ここに、自分の書きたいものを書きたいだけかける。どんなものでも、なんでも、自分の空想にしか存在しないようなものでも、自由に書けるという途方もないワクワクが胸いっぱいに膨らむのを感じたことを思い出す。まっさらの自由帳に、最初の点を打つ瞬間。想像するだけでもドキドキする。この初めの一点を打つ場所で、この自由帳の性格や運命を決めてしまという感覚。その点に大きな力が宿っている瞬間。真っ白で何の意味も持たない紙に、自分自身の意図を込めた瞬間だ。その点の位置だけでも、そこに意図がありさえすれば、私はそれでもデザインと考える。
私自身の「デザイン」の原点は、紙と鉛筆だということは分かった。ならば、そこから何を生み出すのだろう。私にとって、もっとも書きやすいものは、文字だ。そう、父の書いてきた、人に見せるための文字だ。文字には当然文字としての役割がある。情報を伝達するための手段だ。しかし、それだけでなく、文字そのものの美しさや、文字を並べて画面構成することで生まれる美しさもある。私の好む文字は、理路整然と並び、我が物顔で画面の一番バランスのいいところに、あたかも自分以外の者にはその場所には収まれないのだとでも言っているように収まりこんでいる文字が好きだ。普段から書類の表紙に入れるタイトルの位置に、普通の事務員では考えられないほどの時間をかけて悩む。そのタイトルは、まさにその書類の顔であり、命のすべてだと思う。
白い縦紙に、右上1/4の中心より少し高いあたりに、さらりと縦書きで書かれたタイトル。これは想像するだけでよだれが出てきそうな妄想に駆られる。なぜ縦書き?なぜ真ん中じゃない?なぜ?なぜ?この心地よいなぜの余韻。縦書き文字には十分な余白と、物憂げに語ってくる不安定なバランスがよくにあう。横書きの文字は、どこか無粋で、どうしてもシンメトリーでないと落ち着かない。その落ち着かなさが生きる場合もあるが、その逆のひどいものも時々目にする。私自身の「グラフィックデザイン」の根底にあるものは、やはり文字なのだ。いや、文字のように白紙に線で描かれるものに心から惹かれる。そしてそれを基盤にして、すべてのデザインを見ているように思う。重心の感じ方、全体の濃淡のとらえ方。文字を画面に使用するなら、その文字が一番引き立つように場面を構成したいと考える。文字が伝える意図内容を補足できるよう、または協調できるようにそのほかの要素を調整配置したいと考える。文字には直接的に、情報を他者へ伝えることができる力を持っている。しかし、デザインの中でその力を最大限に利用するには、画面上の制限で困難な場合が多い。しかし、デザイン全体として情報を伝えるのであれば、言語情報だけにとどまらず、視覚的な情報を駆使して、意図を伝えることができる。情熱や哀愁、神秘性、直感的。感覚的な情報を伝えるには、言語情報よりもデザインのほうがすぐれている場合が多くある。言語情報では文字を重ねていかなければ、伝えたい情報を十分には伝えられない。また、文字では厳密な情報は伝えやすいが、受け手の想像力を必要とする部分が多い。それに引き替え、グラフィックデザインなどの視覚情報は、受け手の直感に依存する部分は多いが、感覚的な部分を直接的に伝えたうえで、寓意的な情報も意図的に伝えることができる。この相反する手法を合わせることで、より多くの意図的な情報を伝えることができるのではないだろうか。
私の最も好きなグラフィックデザインのジャンルは(ジャンルというべきなのかはよくわからないが)、本の装幀だ。受け手に伝えるべき情報は、本の内容とはっきりとくくられている。その情報を受け手に適切に伝えながら、興味を持ち、その上で、その本の持つ感覚的な情報も伝える必要がある。本という性質上、文字も利用される。タイトルは文字の持つ力を最大限に活用して、その本の情報を伝えるために作家が血涙を流すように絞り出した言葉だ。そのタイトルを生かし、本のすべてを受け手に伝えるためのデザイン。
私自身は、全く印刷やデザインを必要とする職種にいない。先にも述べたかと思うが、医療の突き詰めるものは、患者満足と効率化だ。患者満足というまさにサービス業の部分は当然であるが、国民の血税を医療費という形で利用するため、無駄の削減と業務の効率化は需要な課題である。その中には、芸術的要素ははいりこむ余地はほとんどない。しかし、デザインには人を引き付ける力や、人の興味を感覚的に刺激する力を持っていると私は考えている。高度化する医療の中で、医療従事者は業務に追われて多忙な毎日を送っている。質の高い医療や、安全を確保するために必要な情報共有は、重要な課題である。機械的で無機質な通知文だけで、業務連絡を行うのでは、関心を引かず受け手に伝わらない場合もある。情報戦略という観点からも、受け手に効果的に興味を持たせて、詳細な情報を知りたいと思わせるために、ポスターやホームページなどの場面でデザインの力を活用することは、効果的な方法だと考えている。医療現場という性質上、可能な範囲は限られてくるが、その範囲で、少しでも意図を持ったデザインを活用していきたいと考えている。










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