『夢見るデザイン』

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竹田正典
Goat Graphic(s) ( http://rnsmdkt.blog.fc2.com/ )
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「デザイン」とは何か、最近はそのことばかりを考えています。デザインの本質、、なんかは僕が論じることではないと思うので、
一番最初に自分が思い描いたデザインとは何だったのか、どんな気持ちで今までグラフィックデザインをしてきたのか、を書こうと思います。

初めてデザイナーを職業として捉えることができたのは大学3回生の頃でした。
それまではデザイナー=センスのある選ばれた人だと思っていましたし、平々凡々に普通の大学へ進学した自分にはまったく関係のない世界だと。
そんなフツーの僕もずっと学生ではいられない訳で、どうやって飯を食って行くかを考えなければならない時期がやってきました。
就職活動。周りが説明会に行ったり、企業の研究を始めるのと同じタイミングで僕はそういう活動をせず自分が好きなもの、好きだったものは何かを本気で考えました。
好きなことを仕事に、とは思いませんでしたが、人生を何に捧げるかが見極められないと次に進めない気がしていました。
音楽も映画も好きやし、美術館とかもまぁ行くし、読書も毎日する…あぁ子供の時は工作の授業が一番好きやった、それに絵を描いて親に見せたら喜んでくれて嬉しかったなぁ。
すごくフツー。ありきたりな趣味だったり想い出のなかの「好きなもの」。

そんな時期に、友人からバンドで音源を作るからアートワークをやって欲しいという依頼がありました。
彼らの学生時代を統括するCD。その一部を信頼して僕に頼んでくれたことが何だか嬉しくて(竹田やったらできそうやん、という軽い動機だったらしいですが)、二つ返事で引き受けました。
この時はデザインという言葉も意識したことがなくて、パソコンでする工作みたいなイメージでした。
幸いにパソコンは普通に使えましたし、大学にもそういった教室がありましたので、手始めにネットで印刷物の作り方を検索していくと、それをグラフィックデザインと言うらしい。
なるほど、じゃあグラフィックデザイナーはかっこいいビジュアルをつくる仕事なんやな、、とりあえずMacってパソコンとAdobeってとこのソフトがあれば何とかなるんか、、
そういえばパソコンの教室にMacあったような、、ネットで印刷もできんのか、、そんなこんなでイラレとフォトショの分厚い参考書を片手に体験版で作ったものは、
友人に尋常ではないくらいに感謝されましたが、今見るとめちゃめちゃヒドいものでした。
でも当時は「わぁなんか俺すごいやん、できるもんやん、だのしー!」みたいな勢いでそれっぽいものが作れてしまい、
MacとAdobeのお陰にも関わらず自分がすごいと勘違いしてしまったのでした。
ですが自分が作ったものがすごく喜んでもらえたこと、それは僕にとっては今までにない最高に気持ちいい経験だったし、本物だったと思います。
あぁこれを職業にしたい。こんなことが繋がっていって生活もできれば最高やん。
フツーの自分にもできるんじゃないか、デザイナーになれるんじゃないか、そんな夢を見たのがこの時だったように思います。

それから色々調べていくうちに、京都で開かれていた展覧会にてコロマンモーザーのポスターに出会いました、
あぁこれがグラフィックデザイン!かっこいい!抽象的な女神の意味なんて考えずに造形にめろめろでした。
それにグラフィックデザインの汎用性、例えば企業なら広告、ミュージシャンならアートワーク、文筆家なら装丁、
自分が好きな人やモノ何にでも関われること、一緒に楽しめるところにもすごく魅かれました。 あとは今後自分ではコントロールできない企業に属して生計を立てていくよりも、手に職を持って必要なお金を自分で稼げる方が今の世の中、希望があるんじゃなかろうか、 なんてしっかり考えているような後付けも自分のなかで付け足して、グラフィックデザイナーを目指すことになりました。

目指すと決めてからは本当に夢中で周囲を説得し、学費を払うためにバイトを増やし大学と並行して夜はグラフィックデザインの専門学校に通いました。
回り道をした分、フツーの僕でもしっかり努力して勉強すればデザイナーになれる、本気でやれば何でもできる、
そんな暑苦しい思いを証明することがモチベーションになっていたと思います。
ただこの時の勉強というのはMacの使い方であったり、好きなビジュアルをなんとなく真似して人よりもたくさん作ってみる程度のことでしたが。
それにタイポグラフィや印刷、紙だったりの大切さがわかってきて本を読んでみたりしても、周りに教えを乞える人もなく、
頭で知っていても身になっている気がせず、結局は現場で経験しなければわからないところなのかと感じていました。
ましてや、「デザイン」の本質につながるようなことは、2年間の専門学校では気づくことはできませんでした。
とりあえず動こう、動けば自然と色々わかってくるはず!そんなことだけ考えていたと思います。
ただがむしゃらに年鑑を片っ端から見たり、デザインの展示のために遠くまで出かけたり、学校の授業には出ずにコンペのための作品ばかりを作っていた時期もありました。
でも夜中にキンコーズで初めてB1の出力をした時は最高にアガったし、会場で自分のポスターが飾られているのをみるのは快感でした。
この時は行動すれば、良くも悪くも結果は出るのでそれで前に進んだ気になっていたように思います。

就職してからも結局、何もわからず自分ひとりで自分が好きなモノを思うままに作っていました。 会社ではめまぐるしく回る案件のなかで、新人である僕の役目はADの描いたラフを参考にしながら、
Macに向かってレイアウトするが主だったと思います。それは僕が自分でやっていることとは違う、仕事でした。
もちろん新人としては当然で、なんの不満もなく楽しくやっていました。
順序を踏んで少しでも早く、案件を任せてもらえるようになろう。そうすればもっとデザインのことがわかるんじゃないか。
紙を選んだり、印刷を考えたり、それに自分の表現できるようになるんやろうな。とわくわくしておりました。
入社から少し経って、自分にもラフを描いて案を出すチャンスがありました。その結果、何一つ伝わらない。誰も喜んでくれません。
この時やっと、デザインって頭で考えてするもんなんだとわかりました。
今まではずーっと衝動と感覚だけで何の責任もないグラフィックをただただ楽しく作っていただけですから、
コンセプトだったり、自分の思考を伝えることなんて全然できませんでした。
それまで自分がプライベートで作ってきたモノは面白いアイデアをビジュアルに落とし込んで、 それがかっこ良ければ(自分の感性に合っていれば)まんぞく。それぐらいしか考えてなかったんです、本当に。
会社での仕事で、そんなやり方が成立しないことはぼんやりと気付いていたんですが、普段できてないことが急にできるはずもなく、
これが一番伝えたい大切な情報なのになぜそのビジュアルなのか、なぜもっとわかりやすい見せ方を選択しなかったのか、なぜこれが必要なのか、
なぜなぜなぜの質問に、しどろもどろにしか答えられませんでした。
誰かに何かを伝える、そのために情報を整理する、それを更にわかりやすく…みたいなことは全く頭にありませんでした。あほ丸出しです。
わからなかったんではなくて、わかろうとしていなかった、考えていなかったんです。
そんな僕でも「グラフィックデザイナー」として仕事に就けてしまったのですから、今思えば運がよかったとしか言えません。

僕にとっての一番最初に夢見たデザインという現象はコミュニケーションを生み出すものだったり、アカデミックなものだったり、そんなことではありませんでした。
ただ作るのが楽しい、喜んでもらえるのが嬉しい。それを実現するための手段として選んだのがグラフィックデザインでした。
今の自分は当時より、少しは前に進めたと思います。でも、それでも未だに一番最初の衝動が忘れられずにいます。









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