『ゆらぎと人の手によるもの』

石井 光  /  ジュエラー ・ デザイナー

まず始めに私はグラフィックデザインや印刷については全くの門外漢である事をことわっておきたい。そんな私が花形装飾活字やデザインについて思ったままに文章を書くため、専門の方々からすると的外れな意見も出てくると思うが、素人の視点からの素直な感想と思って受け止めてもらえるとありがたい。
私自身について語らせていただくと、美大で工業デザインを専攻。卒業後は自動車部品の設計・作図を仕事とする。退職後、宝飾職人の下でジュエラーとして修行、近日中にブランドを設立予定である。

デザインとは何かと問うと、ある人は『装飾を廃して機能を形にしたもの』と答え、またほかの人は『装飾そのもの』と答えるかもしれない。
何らかのデザインを仕事にされている方なら既にご存じの通り、両者の答えはどちらも正解であるが不変の真理ではない。目的やシチュエーションによって求められる『デザイン』の意味合いは180°変わってくる。
私の経歴でいうと自動車部品の設計は前者の『装飾を廃して機能を形にしたもの』であり、ジュエラー(宝飾業)は『装飾そのもの』である。両極端を経験したある意味珍しい経歴なのかもしれない。さらにやや乱暴に分類すると、私が大学で学んだ工業デザインは両者の中間に位置するものと言えるだろう。
花形装飾活字も機能(紙面を隔てる線としての機能と、版の組み合わせやコピー&ペーストによる生産性という機能)と、装飾性の両方を狙って作られたものであり、オリジナルが作られた時代には工業デザイン的なアプローチで企画されたものではないだろうか。

私が花形装飾活字に興味を持ったのは、宝飾の勉強を始めて、ジュエラーとして独立するために名刺やノベルティを作ろうと思ったときである。
ややアンティークな雰囲気を醸しつつも、装飾過多になり過ぎないイメージで考えていたところで花形装飾活字と出会った。
これが自分の求めているイメージだと思い、早速、不得手なイラストレーターを立ち上げて、それと似たようなものを書いてみるが、どこか味気が無く雰囲気が違う。
そんな違和感を持ちつつも花形装飾活字について調べていくうちにfengfeeldesign様の“花形装飾活字を愛でる”の記事を見つけ、そのなかで掲載されている拡大表示された花形装飾活字の図を見たことで、その違和感の正体が一瞬で判明した。それは『ゆらぎ』の有無である。
『ゆらぎ』というのは私の宝飾の師匠の言葉であって、それを指す一般的な表現かどうかは判りかねるが、一見して均一で整然として見えるものの中の、わずかな不均一性やバラつき感、ランダム性、不完全性のようなものである。
不思議な事に、人間はその『ゆらぎ』に美しさを感じるのである。明確な理由は不明だが、自然界がそのようにできているから、その一員である人間もそれを心地よく、美しく感じるのだろうという話もある。葉っぱの形は同じ木のものであれば全て同じに見えるが、一枚一枚が微妙に異なる。『貝合わせ』で知られるように蛤の貝殻は他の個体とピッタリ合わせることが出来ない。
花形装飾活字で言うならば、一見して左右対称に見えるが、実際はごく僅かに非対称であるとか、一定の線幅の曲線に見えても実際は一定幅ではないとか、単純なRに見える部分も解析すると物凄く複雑なRの組み合わせになっているという具合である。
それらがどこまで意図されたものかは私には分からないが、人の手により図案を描き、人の手により版が彫られるが故に産まれてくる部分も少なからずあると思う。それらが産み出す『ゆらぎ』。
これをイラストレーターのデジタルデータに置き換えた時、途方も無い数のアンカーポイントになることは容易に想像がつく。

これは自動車のエクステリアデザインにおいても同じ事が言える。これは個人的な感想だが、新しい車には『ゆらぎ』を感じることはほとんど無い。古い車でも不完全性と言うほどの大きな『ゆらぎ』があるわけではないが、やはり雰囲気が違う。定義の曖昧な『ゆらぎ』というものの存在を、更に曖昧な雰囲気などと表現するのは誠に恐縮な話だが、何かが違うのである。
昔も今もデザイナーが手描きで描いたスケッチを基にデザインするのは同じだが、模型やクレイモデルを作り、立体で形状を確認した後、デジタルデータに置き換える。私は外装のデータは扱ったことが無いので確実な事は言えないが、おそらくデジタルデータに置き換える際にかなりの単純化と間引きが行われていると考えられる。
これには理由が色々あって、一つは設計変更の容易さが挙げられる。自動車は無数の部品がせめぎあって作られている製品であり、開発中に部分的な形状の変更が日常的に頻発する。一つの部品が設計変更で形状が変わった場合、隣接する部品もそれに対応した形に変更しなくてはならない。私が携わった分野ではなるべくシンプルな構成で変更に対応でき、尚且つ軽量な管理しやすいデータが求められた。
二つ目は生産性である。もちろん古い車でも生産性は求められていたとは思うが、今はより細かくシミュレートできる分、最適解に近いものが求められるようになり、より厳しくコスト管理されるようになったと考えられる。これによりコスト削減のためにデザインが生産しやすい形へデフォルメされる事もある。車自体がより大衆的で低価格なものになり薄利多売になったこと、更に消費サイクルとモデルチェンジのサイクルが早くなったことも生産性がより求められる要因の一つだろう。
三つ目は法規が整備されたことによる制約。これによりデザイナーの意向をデフォルメせざるを得ない状況も考えられる。
自動車のデザインは三次元であるため、何らかの制約により形状が受ける影響や、変更の際の手間は二次元と比べ膨大である。
これらの要因により形状の単純化が行われていると考えられる。

古い車は木型や治具で鉄板を叩き出して生産していたと聞く。現代の車作りとは異なり、デジタルデータへの置き換えが無い、昔の車の製法では例え二次元の設計図をシンプルなRで書いたとしても、木型を作り鉄板をたたき出して立体にしたときは設計図に書ききれない方向で複雑なRが形成される。水平・垂直方向の断面図上だけでは表現しきれないのである。しかし図面に書かずとも鉄板の張力が自然で複雑なカーブを描き、『ゆらぎ』のあるかたちとなるのだろう。

最近話題の本でクリス・アンダーソン著『MAKERS』というものがある。内容の一部を簡単に紹介すると、3DCADやNC旋盤、3Dプリンタ等の機器が低価格化したことと、オープンソースによる情報共有とSNSを使った技術交流が活発化することによって、製造業のあり方が大きく変わるというものである。具体的には今まで大規模なメーカーにしか生産する事のできなかったものが個人レベルでも実現可能な日が近く(一部では既に実現している)、それによりある種の産業革命が起こると予測している本である。

ジュエリー業界でも一部でCADによるデザインは台頭してきている。ジュエリー専用のCADソフトも存在し、大手のジュエリーメーカーの中でもCADを使って製品を作っている所は増えていると聞く。
しかし完全にCADが手作りに取って代わる事は当分の間、無いと考えられる。
なぜなら、得手不得手が人間にもCADにも存在するからである。
理論上、CADで再現できない形は無いと言っても過言ではない。しかし、これまで例を挙げてきたようにCADやイラストレーター等の形状を数値で管理するツールで『ゆらぎ』を表現するには膨大な労力がかかる。その一方で直線や一定R、一定厚の平面は得意中の得意である。
CADの得意分野である直線や平面、平行、左右対称は誤魔化しの利かない形状であり、人間にとっては最も難しい部分である。職人技と言うものは熟練すればするほど、機械に近づいていくものであると師匠から聞いた。コンピュータが無い時代は、『ゆらぎ』を可能な限り除いた形を理想としていたが、今では『ゆらぎ』を手作りの証として、故意に残す事すらあるという。それは時にロウ付けの跡であったり、時に手道具による加工跡であったりといった具合だ。
宝飾業界で更に例を挙げると、『ゆらぎ』は天然のものである宝石にも存在する。どんなに高価な宝石にも欠点があると言われている。欠点とはインクルージョンとよばれる内包物であったり、傷や色むらなどの事である。原石からカットする際に、どうすれば最も美しく価値のある宝石に仕上がるかを考えてカットする。重さ(カラット)を失っても欠点の部分を取り除くべきか、サイズを活かして最小限のカットとすべきか。
それゆえに同じサイズに見える宝石を並べたジュエリーのデザインは難しい。カットが同じで、色合いと形が類似した宝石をそろえるのは大前提だが、それでも宝石と言うものは不均一でサイズや形にばらつきがあるため、職人は宝石の並べ順や間隔を調整し、完成したときに違和感の無いようにセッティングする。計測するとばらつきが分かるが、素人が目で見ただけでは分からず、ただ美しく見える。人の目で見たときに美しく感じるように作るというのはデジタルツールで自動的に等間隔に並べるだけでは難しい。
グラフィックデザイン関係の方々にとっての、字詰めをイメージしていただければ近い感覚なのかもしれない。

花形装飾活字からは少々脱線した話が中心になってしまったが、私なりに花形装飾活字について、その美しさの一端を担っていると考えられる『ゆらぎ』という存在から展開した。
ある程度の規則性の繰り返しの中にあって、完全に均質ではない事によるバランスのとれた美しさ。デザインとしての分野は違えども、『ゆらぎ』との付き合い方を通して、美しさに関する共通認識があるのかもしれないと、今回の花形装飾活字との出会いにより気づく事ができた。









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